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この方も、10日ほど前、
数時間の家出敢行。

ただ今反省中。

人間せんせいんちでは、家出が流行っているらしい。


顛末は、また後日。











2016.08.11 



この方、1泊2日で家出敢行。

ただ今、反省中。


**********************************


ご無沙汰しました。
おかげさまで、HAPPYねこ隊ともども、
人間せんせいも元気にしております。










2016.08.10 
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「来週は仕事が忙しくて来られないので、再来週、また来るね。」

実家の両親は90歳を超えましたが、二人だけで住み、
おかげさまで週に2度3度ゲートボールを楽しめるほど元気です。
兄弟やその奥さん、人間せんせいも週に一度顔を見に寄り、
夕ご飯の支度や家事を手伝います。

しかし、いくら元気でも、
また、人間せんせいの病気が超早期であっても、
この病名にはかなりのインパクトがあり、
娘の病名を聞いただけで高齢者の健康を害するかもしれないと、
入院を前に、人間せんせいは彼らにウソを言い、兄弟にも口止めをしました。

やはり永六輔さんが前に言われたとおり、
「癌はガンという響きがいけない、ポンと変えれば恐怖は随分と減るだろう。」
というのを是非に採用したいと思います。

人間せんせいの病名は「非浸潤性乳管ポン」であります。
これであれば、多分、人間せんせいは親に嘘などつかずに済んだことでしょう。
「乳管ポンってなぁに?」
『え、知らないの? 近ごろ増えているらしいけれど手術で取っちゃえば終わりよ。』

近頃急に増えたのではなく、検査機器の精度があがったために、
自己判断は勿論、
お医者の触診でもわからないようなものでも早期で発見されるようになった、
それはそれでありがたいのですが、
ざっくり切るらしい、傷は大きく残るらしい、という所がげげげ~~!な心境です。

最初から切れば完治と聞いているせいか、不思議と恐怖や不安はなく、
休む間の仕事の段取りが面倒くさいとか、留守をする手当てが煩雑でとか、
痛いとか傷が残るとか、ジムや銭湯にいつになったら行けるのかとか、
当分重いものは持てるのか、たくさんの教材を抱えて仕事に行けるのかとか、
そういうことに、げげげ~~!と表現するのがぴったりで、
症状も何もないので病気の気がせず、ショックも何も受けてはいません。
多分、病名を聞いた友人や兄弟の方がショッキングな様子です。
だから、やっぱり、ガンはポンと改名した方が良いと思います。

元々乳ポンはゆっくりと進むものが多く、
だから、完治まで5年ではなく、10年をみていくそうですが、
同じような性格の前立腺ポンも、以前は手術が薦められたのに、
今では監察措置がとられることが増えてきました。

予防予防と叫ばれ、マンモグラフィーが広く受け入れられ、
せっかくDCISの状態で早くに見つかるようになってきたのだから、
その先の治療がもう少しきめ細かい方法で進歩していけばいいのにと思います。

当面生きていくのに大きな差しさわりがない臓器と考えられるから、
根こそぎ摘出してしまえば命にかかわることはない、
それは確実ではありますが、乱暴と言えば乱暴。
勿論、部分切除も内視鏡切除も選択できますが、それなりに不安材料もあります。
ここまで医療が発達したのだから、きっと、もうあと一歩。

取りゃぁいい、という治療から、
非浸潤は非浸潤のままで転移せずにずっとおさめさせるような
そんな技術や薬剤の進歩が待たれるところです。


病院の待合室には若い女性が多くて、
たまたまその日に遭遇した人たちを見回すと、
人間せんせいよりも年上そうな人は少ない気がします。
それが全部乳ポンではないでしょうが、
親御さんも付き添い深刻そうな面持ちで
若い人が診察室から出て来られると、胸が痛みます。

人間せんせいはもうずいぶんとおばさんだからいいけれど、
若い人たちには少しでも早く朗報が届きますように。




割と今はげげげ~くらいの思いで手術に臨む人間せんせい、
果たして、1週間後、手術後にはどんな感想になっているでしょうか?


『1週間で退院できて、いつごろから車の運転できますか?』と看護師さんに尋ねました。
「リンパも取らないし、すぐにできますよ。」
おっ♪ 仕事はすぐにも再開できそうだ♪

また、二郎先生は、
「体調が良ければ翌日に退院しても良いですよ。」とも。
とはいえ、病院で安静にするか家で安静にするか、なので、
やっぱり少しは置いてもらいましょう。

では、手術前の記録はこれでおしまい。

2016.05.20 



3月の診断から今まで、けっこうな日にちがあり、
出口は見えてきたとはいえ、色々と考えます。

皮肉というのか、因果応報というのか、
やっぱり避けては通れなかった人生というのか・・・・

私は、本当は、女性性というものをひどく重たく感じていました。
女性だから求められることにうんざりすることもありました。

もちろん、それは男性性でも同じで、
男性だから求められることの重さにうんざり、という場合もあるでしょう。

だから、女性に生まれたことの不自由さを自分で感じていても、
かといって、では男性に生まれていたら解消されたのかというと、
やっぱりどこかで別の不自由さを感じたことでしょう。

また、この人生において、保留にしていたことが、
いつの間にか見て見ぬふりになっていました。
このまま一生、無視して人生を終わらせられるのかと思っていましたが、
この歳になって意識せざるを得ない状況になりました。

胸なんか、要らないはずでした。
病気になる以前から。

生身の自分、生身の人間、というものを嫌悪している所があり、
大人になるにつれ、生々しい現実、生身の自分に直面する事が苦痛で、
それは何に起因するのだろうとカウンセリングも受けたりしました。

それが、歳を取り、おばさんになったら、女性としての生身感が薄れて、
周りからもそう見られなくなることに安ど感を覚え、毎日が楽で、
何故自分はこうなのかという謎解きにもいつの間にか興味を無くしていました。

社会的位置づけにおいての女性の自分も不自由、
生き物としての、生身の自分も嫌悪。
そういうものはいつの間にかオブラートに包んで
すりガラスの向こうに追いやり見ないふりをしてきました。

とはいえ、年頃になればお化粧をし、
歳を重ねてほっぺが重力に負けるようになればため息をつき、
女性しか身に着けないパンプスやワンピースなどを新調して
ご機嫌になったりもするのですから、
反面、現実的にはちゃんと女性を生きてはきたのです。


生物が生きるための攻撃性や残虐性、
人間が頂点に立ったゆえの堕落や享楽、果てしない欲、
多分、この世の真実は生々しいものであり、
そういう生々しいことが、本来、生きる、生きているということなのでしょうが、
人間でも動物でもなく、男でも女でもなく、生も死もなく、感情もない、
何者でもない自分が、ファンタジーの中で生きるがごとく、
ふわふわとただ時間軸を漂っていけたらどんなにか良いでしょう。



胃がんでもなく大腸がんでもなく、なぜ乳がんなのだろう・・・?
こんな私なのに、
そうするのが当然のように胸の再建を希望したのはなぜだったろう・・・?


直視せずに逃げ続け、絵空事で弄ぶのではなく、
生身の人間である自分、女性の自分に対峙しなさいよというお告げなのかもしれません。
女性に特化した身体の部分を、さてどうしますか、という宿題なのかもしれません。

身体の左右のバランスとか、ジムで他人の目を気にするとか、
多分、そういった単純なことから派生した心持ちであり、
失う自分の身体への愛着とは違うし、ましてや女性としてという感情とも違う気がします。

それでも、検査、病気の診断、治療と、
まさしく生の肉体を直視せざるを得ないこの一年でした。
天が私にこの病気を与えたわけもそこにあるのかもしれません。

2016.05.16 
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3番目の病院で治療を受けましょうと決め、
もう一度マンモグラフィーの検査を受けました。
すると、前に一郎先生が良性と判断した「さっちゃん」の方を
何だか丁寧に検査していきます。

え・・・なになに・・・?
何か、嫌~な予感だよ。
まさかね・・・「さっちゃん」もだったら2つとも取っちゃって、
前が胸じゃなくて、背中になっちゃうじゃん・・・・

そして今度はマンモトームという、
マンモグラフィーと太い針で採る生検を組み合わせたような機器で、
正確な診断にもっていきます。
あわれ「さっちゃん」も「みっちゃん」と同じく、
麻酔後に切開され太い針でぐさぐさと・・・ううううう、痛いよぉ~~~。

結果は、そのまさか、でした。
「みっちゃん」に次いで「さっちゃん」にもDCISの診断が下りました。
良性が悪性に変わることはないので、
元々あった患部が最初の細い針ではピンポイントで採れなかったのでしょうと。
一郎先生のばか!

がぁ~ん!同時多発ゲリラのようだ。
天は我を見放した・・・・!

いや、あの時の八甲田山の兵隊さん達に比べれば・・・
たいしたことは・・・ない・・・
たいしたことは・・・・・えぇ~~ん!

こんな病名がついてても、今まで一度たりとも恐怖も不安も感じず、
凹むこともなかった人間せんせいでしたが、
さすがにこの日は、一度だけどんよりしてしまいました。

私、何か悪いことしたかなぁ・・・

街を行く人々は、景色は、いつもと同じなのに、
自分だけ今までとは違う、みんなとは違う、そんな気分。
あの人は癌じゃなくて、この人も癌じゃなくて、でも私は癌で・・・何でだろう?

あなたは間違っていたからこうなったのですよと、今までの生き方を否定されたようで、
この先どうやって生きて行ったらいいのか、
いや、絶望してというのではなく、
自分はどこが間違っていたのか、正しい生き方とはどういうものなのか、
それがわからなければ、この先の一歩が踏み出せません。

でもいつも能天気な人間せんせいのこと、
凹んだ気分はそう長くは持続しません。

だって、あやつらは、女性ホルモンを餌にして活動するんだから、
自分自身の生き方の問題ではありません。
何を食べたからこうなった、何をしなかったからこうなった、
そんな単純な事象ならばとっくに治療薬が見つかっているでしょう。

迷路はその場所をぐるぐるしてばかりでは出口にはたどり着きません。
違う方向からアプローチしてみると別の景色が見えてきます。

待てよ・・・

「さっちゃん」も「みっちゃん」もなくなるとすれば、
胸の再建は必要ないかもしれないよ。


「みっちゃん」がいなくなったら「さっちゃん」も寂しがるから・・・いやいや、
片方失うから、身体のバランスも悪くなるかもと思ったけれど、
まっ平ら、背中のようになってしまえば、
それはそれで身体のバランスは取れてるし、
本当は、走るにもエクササイズにも邪魔だったし。

病院を変わってまで色々考えてきた再建をどうするという案件は、
現段階において、決定事項からはすんなり外れました。
切除手術後に背中のようになった自分の胸を見てから、
再び手術をしてでも、人工のものでも、
それでもやっぱり胸が欲しいのかどうか、改めて自分に問うてみればいいのです。

出口へと続く道が、見えてきた気がしました。





2016.05.14 
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さて第二幕、第3場
大抵舞台演劇もこの辺からクライマックスに向けて面白くなっていきますが、
「さっちゃん」と「みっちゃん」劇場も、なかなか興味深い味わいになってきます。

セカンドオピニオンというのではなく、
つまり、人間せんせいはこの診断をすでに受け入れているのですが、
その後をどうするか、で、今までのデータをもって
同時再建を実施している、形成外科のある別の病院を訪ねました。

ひと口に再建と言っても、
切除手術と一緒にする一次一期、一次二期、
切除の後時間をおいてする二次一期、二次二期、
また、人工物を使う方法、自分の組織を使う方法と、
さて数学の問題、組み合わせはいくつになるでしょう。
というように、自分で調べて勉強するにもなかなか大変です。
また、どれも一長一短、当たり前ですが、
麻酔から覚めたらなかったことに、なんていう能天気なことにはなりません。

なぁ~~だ、そうなのか。
痛くて辛いのは嫌だし、
長く入院するのも仕事が困るし、
人工物が肉体的精神的に自分に合わなかったら嫌だし・・・・

二郎先生も一郎先生と同じように、
再建は後からゆっくり考え検討した方が良いですよとおっしゃいました。
そりゃね、大事なことだから時間のない中でバタバタと決める必要もないわね・・・

ところで、DCISは前がん状態であって、
まだ悪さをしていない、これからもしないかもしれないのに、
患者の人生を大きく変化させるものになる全摘出手術は過剰治療ではないか、
という見解もお医者によってはあるようです。

<低グレードの非浸潤性乳管がん>

つい、自分でもそれにすがろうとしている時もあります。
手術は本当に必要なのか?
しかも、全摘出なんて。
このまま放っておいてもこれで死ぬ確率は少ないんでしょとか。
例えば、10年後に寿命が尽きたとして、それは早死にではない年齢なのだし、とか。

お医者様を目の前にしてそんな不遜なことは言いませんでしたが、
二郎先生の方からおっしゃいました。
「あなたの場合ではね、病院によっても見解が違うと思います。
でも僕ら外科医は切って直すのが仕事です。
切って完全に治るものならば、不安の芽をもって過ごすよりも良いですよ。」

世の中も予防医療へシフトしつつあります。
病気が発見された時には重大なことになっているケースもたくさんあります。
また、いくら芽であっても、その後にどんどん悪さをする性格の悪いタイプの芽もあります。

性格や顔つきがよく、まだ悪さをしていないお行儀のよい芽であることを、
本当に必要な治療なの?と考えるのではなく、
今だから効果抜群なのだと、考えていこう。

そうだ。
癌を舐めちゃいけない。
こういう名前がついているということは、異物が増殖していくわけだから、
まだ悪さをしていないうちに村ごと焼き払うのだ~!おぉ~!

と、舞台演劇ならば勇壮な音楽と共に両こぶしを天高く突き上げ、
一気にクライマックスへと盛り上がっていくところです。

さぁ、人間せんせいも元気に治療にまっしぐら・・・・とはいかず・・・
またひと悶着、というか、ひと騒動というか、
最近の芝居や映画を反映するかのように、
「さっちゃん」「みっちゃん」劇場もまだひと波乱あるのでした。

2016.05.13 
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さて、第二幕の始まりです。
場面は医療センター、一郎先生がドヤ顔でDCISを告げたところです。

実は以前に見たTV番組で、乳がん患者さんが出演して言っていました。
『私の場合はしこりにならないタイプのもので、早期ですが全摘出、そして同時に再建したので、
麻酔から目が覚めた時には以前と変わらず胸がありました。』と。
その頃人間せんせいは経過観察中でしたが、
しこりではない自分のものも、これかもしれないな・・・と思っていました。

同時再建か・・・

その出演者の時には保険適用ではなかったので100万円ほどかかったそうですが、
今は保険が適用されます。
ということは、それを選択する人が多いということでしょうか。

シリコン挿入とはいえ、
麻酔から覚めたら摘出がなかったことになってるみたい?
あ、これならいいなぁ~

こんな程度のルンルン感覚で一郎先生に同時再建の話をしたら、
彼はドヤ顔を急に曇らせました。
摘出は難しい手術ではなく安全にできるけれど、
再建はその人に合った綿密な設計のもとに行われるべきで、
同時にではなく、摘出の後、期間を置いてから、
ゆっくりと考えていく方が良いとのアドバイスをいただきました。
そして何よりもこの病院には再建を行う形成外科がありませんでした。

一郎先生のおっしゃることはわかるけれど、
でも、とりあえず、形成外科のある病院で、もう一度聞いてみよう・・・

それでまた別の病院で診ていただくことになりました。
この時には、人間せんせい、まだ「なかったことにできる感覚」でした。

第3場、次は二郎先生の登場です。



2016.05.13 
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昨年の春、マンモグラフィー検査に引っかかりました。

おぉ、これで、人間せんせいの病名も手術内容もわかるのですから
なんともすごい存在感のある検査機器でありましょう。

ここで舞台は3場。
脇を固めるのは、花子先生、一郎先生、二郎先生
主役は、左胸の「さっちゃん」と右胸の「みっちゃん」
小道具としては、細胞診針、生検針、マンモトームなどなど

ではまず1場、始まり始まり~

マンモで引っかかり、「さっちゃん」のごく小さな点々が気になった花子先生、
細胞を採って調べた方がいいでしょうということで、
画像データと共に医療センターを紹介してくださりました。

で、第2場

医療センターの一郎先生はデータの解析と、エコーで検査、
なんと彼は「みっちゃん」のもやもやの方が嫌な感じという見解。
それで「さっちゃん」も「みっちゃん」も注射針のような細い針で細胞を採りました。

結果は
「さっちゃん」はカテゴリー2、良性。
「「みっちゃん」はカテゴリー3の経過観察。

良性か悪性かの診断には5つの分類があり、
1と2は良性、4と5は悪性、3はどうとも言えず・・・ということのようです。

それでも納得しない一郎先生、
今度は太い針でより広い範囲の細胞を採りましょうと、
なんと、6ミリだかの針・・・これはストローくらいの太さで、
こういうものは、もはや針とは言わないのだろうと思いますが、
なぜか針生検という名がついています。

あわれ「みっちゃん」、麻酔されて切開され、ぐさぐさと・・・うううう・・・
あっちの方向、こっちの方向・・・
いや、患部を見てはいないので本当のところはわかりませんが、
3本か4本、人間せんせいの大事な細胞を採っていきました。

さて、結果はまたもやカテゴリー3。
それでも引き下がらないのが一郎先生。
そう、いわゆる刑事の勘、
こいつ、絶対に犯人に違いない、でも証拠がないっ! ってやつみたいです。
証拠が出ずに3ヶ月ごとに一郎先生は頭を抱え、
人間せんせいは痛い思いをしてもう辟易。
「先生、怪しいところはもう切っちゃったらどうです?」と、自分から言う始末。

そしてこの前の2月、ついに一郎先生がドヤ顔で
「DCISの証拠が出たよ。」と。

DCISとは、非浸潤性乳管癌のことです。
  <非浸潤性乳管がんを考える DCIS(非浸潤性乳管がん)って何?

おとなしい癌で、乳管から出ない、この先もずっと出ないかもしれない、
したがって転移もせず、古いがん保険なら対象外の上皮内新生物。
癌にしてはお行儀の良い子のようです。

以前なら見つからなかったもの、検査機器の精度が上がったために
ステージ0、超早期の段階で見つかる、
抗がん剤も放射線も不必要で、切除すれば根治、
今や2人にひとりだとか、癌は治る病気なんだとかの謂れがわかろうというものです。

それでも、DCISの場合、全摘出が原則標準治療です。
超早期なのに全摘出・・・ラッキーなんだかアンラッキーなんだか・・・

元々、命に係わる発見ではなかったのと、長い間痛い検査ばかりだったので、
人間せんせいとしては決着がついてむしろ清々した感覚でしたが、
病名が病名だけに、聞いた友達、兄弟は絶句、
なんでそんなにへらへらしてるのよ~と呆れています。

はい。ここで一幕は終わり。
幕間の休憩に入ります。
お弁当やお飲み物などどうぞ。

そう、まだ第二幕があるのです。

2016.05.12 
何とも月日の経つのは早くて・・・

いつも鏡を見ては「いつの間にこんな顔に!」なんて嘆きますが、
これほどあっという間に月日が経つのでは、
人間せんせいも歳を取って当然です。

そもそもブログをちょくちょくお休みするようになったのは、
数年前から睡眠の状態が良くなかったからでした。
夜にPCを開けるのを止めて早く寝るようにしたら
今は、あっという間に寝つき、朝までぐっすり♪
睡眠の質は向上しました。

では早寝早起きをするようになって、
昼間にネットを覗く時間が取れないかというと、
これがなかなか・・・・

そんなでこ~んなにご無沙汰してしまいました。

でも我が家のHAPPYねこ隊は、
おかげさまで元気元気♪



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もはや女帝と化したマシュも




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相変わらずマイペースのニーニも




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やっぱりリビングには入れないあ~にゃんも




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一番身体が大きくなったたっくんも




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空気が読めずに先輩方にもガンつけるウェイ君も・・・



あらら・・・ひとり足りません。


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人のいない所ばかり好むび~ぼ氏はやっぱり写真が多くありません。
が、13歳になっても元気です。



そして、外ねこ隊のみなさんも

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ひところよりも集まる数は減りましたが、
みんな元気で暮らしています。
どうして揃わなくなってきたのかは、また後日書きましょう。



そして人間せんせいも相変わらずバタバタと仕事に追われる日々であり、
体調もばっちりなのですが、
自分で気が付かないところに病気が見つかり、
1年近くの経過観察を経て、
なんと、人生初めての入院、手術をこの先に控えています。

症状もなく、自分では病気の気がしないので、
そのうち「どっきりでしたぁ~!」なんて言われるんと違うかな・・・というのが正直なところです。

手術・・・身体を切り刻むわけでしょ・・・うううう・・・

手術前とその後では、
自分の感覚や思いはどうなのかなぁと考えて、
ちょっと今回の病気について記録しておこうと思います。

早く寝るから、ぼちぼちとね。


自分のことは書きっぱなし、
お友達の所は読み逃げの日々が続くと思いますが、ごめんなさい。






2016.05.09 


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初めて我が家にやって来たにゃんこは茶トラの4か月くらいの男の子でした。
当時、阪神タイガースで活躍していたピッチャーから
『マイク』と名付けました。
思えば、最初はごく単純に付けていたのです。




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1ヶ月後に兄の奥さん、ジョセフィーヌに保護されたのは
生後1ヶ月位の小さな男の子、猫風邪でお顔ががびがびでした。
白くてやや毛が長いふわふわの子だったので
フランス語のイメージかなと『フラン』と名付けました。



これが外国語で名づけようの始まりでした。
まさか、その後、次から次へとにゃんこが来るとは思いもよりませんでしたので。




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次に同じくジョセフィーヌのところから来たのは、半年を過ぎたくらいの真っ黒な男の子。
精悍なイメージから今度はドイツ語だと『シュヴァルツ』と付けました。
「黒」という意味です。




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冬休み中の英語のレッスン中に
3ヶ月位の茶とらの子がちゃっかり教室に入ってきて
ずっと半日子供たちの側で英語のレッスンを受け、
暗くなってからそのままにしておくこともできずに連れ帰りました。
その日の夜の塾にも同伴、ずっとせんせい用の椅子の上でおとなしくしていました。
これは猫のせんせい、『ねこせんせい』しかないでしょうと
日本語で名づけました。





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数年後の寒い12月、3ヶ月位の仔にゃんこに出会い、
やっぱりそのままにしておけないと連れ帰ったのがまた男の子。
仔にゃんこの時からおっさん顔、
ちびのくせに、白足袋の誇りがあるとか言って、
以後、は~どぼいるどに生きるのだと宣言していました。
では、天真爛漫な感じで名づけましょうと『び~ぼ』
イタリア語で「生き生きと」という意味です。




5年ほど、男の子にゃんこばかりで仲良く暮らしていましたが、
大好きな『フラン』を病気で星に帰し、
人間せんせいは何を見てもフラン恋しいやほうやれほぅ。





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そんなある日、お友達のカフェで見かけたのがフランそっくりの子でした。
代わりにはなれないし、そんな気持ちではこの子に申し訳ないと
カフェに何度も足を運び、気持ちは往ったり来たり。
そしてやっぱり、
この子を家で迎えたいと面倒を見ていたボランティアさんに申し出ました。



この子はママで、親子を離すのもかわいそうだと、
似ても似つかない容貌の息子も一緒に我が家にやって来ました。

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この子達にはすでに呼び名がありましたので、
それをそのまま、スペイン語で
『マドレ・マシュ』
『ニ~ニョ・あだち』 とつけました。
「マシュママ」「あだち少年」という意味になります。





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その頃、庭に次々やって来た少年少女にゃんこ達を餌付けし、
ボランティアさんに教えてもらいながらTNR活動。
その中でひときわ体が小さく、
ご飯も食べに来たり来なかったりの女の子が心配で家の中に入れました。
庭にいた時からすでに、それぞれに呼び名がありましたので、
さて困った・・・

困った果てに思いついたのがギリシャ文字「K」
カッパと読みます。
それでこじつけ完了。
『K・えびせん』となりました。







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3年後の冬、今夜は雪ですという夜に
友人が保護した小さな三毛にゃんこがやって来ました。
車の油が背中について、がびがびになっていました。
仔猫かと思ったら半年以上のお姉さんにゃんこで、
先住マシュと相性が合わずに毎日わーわーぎゃーぎゃー。
以後、1階と2階に別れて暮らします。
今度はロシア語で『アーニャ』
呼び名は『あ~にゃん』と決めました。






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マシュとあ~にゃんの不仲に毎日胸を痛めていた翌年の冬、
一人ぼっちのあ~にゃんの相棒にと、
友達が保護した、おっとりした小さい男の子が仲間入り。
思惑通り、あ~にゃんの良き相棒になり人間せんせいもひと安心。
感謝の思いを込めて彼にはスエーデン語でありがとうという意味の
『タック』と名前を付けました。






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一緒に暮らすにゃんこの数としても、人間せんせいの年齢からしても、
もうそろそろ限界かなと思っていても、
そのままお外に置いておけない仔にゃんこと出会ってしまえば、
やっぱり見ないふりはできません。
この前の冬にやってきた成長不良だった子、
しっぽがチャ~ムポイントなので「尾」という意味の中国語
『ウェイ』と名付けました。


みんなみんな寒い冬に我が家にやって来ました。
でも

もういっぱいいっぱいだからね。
もう、外国語の名前も見つからないからね。
だからね、
お外のみんにゃん、元気で育つんだよ!


ところで、『人間せんせい』という名前はというと・・・

『ねこせんせい』がいたから
人間のせんせいの仕事の『人間せんせい』と付けたのですが、
あまりの変てこなHNに15年来恥ずかしい思いをしています。

『ねこせんせい』が星に帰ってしまってからは、何故つけたのか由来も不明となり、
ますます訳のわからん変てこ感満載で、頭を抱えてしまいますが、
おそらく世界に一人のHNだろうと思われますのでこのまま使うことにしましょう。

でも『人間家族』なるもっと変てこなHNの夫はかわいそうなので、
新しいHNを考えてあげました。
これからは『貫太郎』と呼ぶことにします。
実はこれも人間せんせいの別のHNでしたが、謹んで進呈することにします。






2015.08.27