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3か月半・・・


3か月半前は、抱きかかえなければ足を前へ踏み出すことができなかったおばあちゃんでした。
腰の痛みで身体を伸ばせないため、
横になって寝るにも、検査のMRIでも涙を流してしまいました。

あれもできない、これもできない、
あの検査は嫌だ、この薬も合わないと、まるで小さい子供のようにだだをこねました。

それは、ちょっと足をぐきっとしても、
1週間後には治ってしまう人間せんせいの痛い感覚とは違って、
高齢である自分はこの先どうなってしまうのだろうという、
不安や焦りや絶望感がさせるものでもあったでしょう。
歳を取るということを想像はしても、
身体の不自由がすぐ隣にある、死がすぐ近くに来ていることを実感する恐怖というのは、
人間せんせいには、具体的な感覚としては思いが及ばなかったでしょう。

「脊柱管狭窄症」という診断、
それは、カルテにポンと押す判子が作ってあったほど、
お年寄りにはよくみられる病気のようです。
前かがみになれば痛みは薄れる・・・
そう、道を行くおじいさんもおばあさんも、
腰を曲げたり、シルバーカーを押して歩いている人はとても多いのです。

判子を見た時点で、実は、人間せんせいはほっとしました。
よくあること・・・ならば、
若い頃のようにに戻ることはないとしても、
薬もあれば痛みの軽減方法も、情報は多くあるはずだと。



最初のショックが落ち着いて、
自分の病気のことがだんだんわかってきて、恐れも少し引き、
それとこれからも付き合っていくという覚悟ができ、
痛みの逃がし方にも慣れてきて、
6月に入ったある日、
ハッと我に返ったかのように、彼女は外へ出ようという気になってきました。

「このままじゃ、筋力が落ちてしまう!」

また新たな恐怖だったでしょうが、
それは彼女を奮い立たせるには効果のある恐れでした。

「とても外に出る気が起きない・・・。」と、しばらくは玄関に飾ったままだった、
母の日に買ったシルバーカー、
彼女は恐る恐る手に取り、押して最初は庭をそろりそろり。

門扉の外に出るにはまた勇気が要りましたが、
それも時間と共に自信がつくと難なくクリアーし、
今では向かいの公園の、その向こうの運動公園まで、
往復500メートルくらいは歩けるようになってきました♪

まだスーパーにも病院にもひとりでは行けないし、
掃除や布団干しもできませんが、
キッチンには休み休み自分で立って食事の支度をするようにもなり、
6月に入ってから、あれよあれよと元気になってきました。

痛みを逃がすためにずいぶん曲がっていた腰も、
段々と伸びてきて、今では、以前と変わらないくらいです。

自分のことを自分でできなくなる、誰かの手を借りなければ生きられなくなる、
その、悲しくて悔しくて、情けなくて怖くて・・・そんな思いが、
おばあちゃんには一番辛かったかもしれません。
少しずつ、できることをするようになってからは、もうため息はつかなくなりました。



3か月半・・・
春早い頃から梅雨になり、汗ばむ季節になってきました。

「筋痛症」も最初はそうでした。
不安や恐怖で、身体よりも心がつぶれちゃいそうだったのが、
今では彼女は上手に付き合っています。
きっと、この「脊柱管狭窄症」も、また寒くなったら痛みが増して、
不安がる時もあるかもしれないけれど、
いつものように、暖かくなれば、また元気が戻る、
そうやってこれから付き合っていくことになるでしょう。




さて・・・

おばあちゃんのこの3か月半はこんなでしたが、
ねこ隊のみなさんの3か月半は・・????

2012.06.30 


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