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色々なブログ記事を読むのを楽しみにしていますが、
深夜にネット遊びをするせいか、なかなか書き込みする時間がありません。

いつも読み逃げするばかりですが、人間せんせいお楽しみのそんなブログの一つ
with a cat」のオーナーさんのショップでは、
ただ今チャリティブックの販売中。


20110421224236a6b[1]

【Necoplazaチャリティー本】

人間せんせいも注文し、かわいい写真集が届きました。
この本、1冊につき1200円が東北大震災の支援に充てられるそうです。


DSCF2303s.jpg


DSCF2310s.jpg


タイトル通り、外で生きる猫たちの、
生き生きした表情が各ページにあふれます。
もちろん、外で生きるには自由気ままだけでなく
厳しさや苦しさも同じだけあるのでしょう。

作者のメーセージが写真とともにあり、
その純粋な心根、優しく誠実な想いにこちらの胸が詰まります。


DSCF2312s.jpg





ですが・・・・

人間せんせい自身は、猫を、
人間の情緒のままに見つめることはなるべくするまいと思っています。

例えば

3本足の「クーちゃん」


ku-0148s.jpg


こうした生々しい写真で見れば、彼女はかわいそうな子でしょう。
もちろん早くは走れないし、歩く姿も、
まるで、水族館のアシカが歩くように、ぴょんこぴょんこです。

でも、彼女は猫であって人間ではありません。
猫の毎日の中で、彼女は木にも上り、塀を超えてジャンプします。
風に舞う葉っぱと遊び、虫も捕まえます。
彼女をかわいそうと見ることは、彼女に失礼な気もします。

そう、かわいそうと見るのも失礼と見るのも、全部人間の物差し。
猫の気持ちは想像するしかありません。
その想像が擬人化してしまうのは、自分が人間だから仕方がない、
でも、擬人化しているのだ、ということをいつも意識していたいと思うのです。
そして、そういう想像をもとに行う行為には自分の責任が伴います。

ご飯ももらい寝る場所もあって管理者がいるから「クーちゃん」も安全でいられるのかもしれませんが、
この「クーちゃん」と、家の中に閉じ込められ毎日ベランダで大泣きをするえびせんと、
どちらが幸せなのかは、人間せんせいにはわかりません。


更に、猫について想像するだけでなく、
共に暮らす近隣の人たち、猫を嫌いな人たちへも、
同様に想像を働かせなければ、フェアーではありません。

ついつい、自分寄りに解釈したり想像したりしてしまう、
「のらねこ」という存在は、
かわいそうかどうかだけでなく、様々なことを考えさせられます。


DSCF2300s.jpg




kuronekoline.gif




2011.04.27 


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