潮吹き海岸を後に、車がすっぽりと埋まるほどの密林の中を走ると、 
やがて、広く長い舗装道路に出ました。 
テニアン島の北部にある4本の滑走路でした。 
 
第二次世界大戦中、日本軍が作ったウシ飛行場と呼ばれたものでしたが、 
1機も発着しないまま、テニアン上陸した米軍に乗っ取られ、 
彼らはそこに長さ2.6キロ、幅60メートルの4本の滑走路を作りました。


私たちが訪れたときは、誰一人いずひっそりとしていましたが、 
1945年当時は、1分おきにB29が飛び立つ、 
世界で一番忙しい飛行場だったそうです。 
 
ここから日本本土の主要都市への絨毯爆撃を行ったB29が飛び立ったのです。 
そして、人類の歴史の中で最も恐ろしい狂器、原爆を搭載した2機の爆撃機、 
「エノラゲイ」「ボックスカー」もここから飛び立ちました。 
そのポイントが今は記念碑のように建ち、そこには日付や投下場所はもちろん、 
操縦兵士や兵器担当兵士の名前も刻まれていました。


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これは、世紀の大発明を誇示する碑でしょうか。 
悲惨な戦争を終わらせた英雄を称えるつもりの碑でしょうか。 
それとも、私たちの愚かさを忘れないための碑なのでしょうか。 
あの夏の日と同じ太陽がぎらぎらする中、 
ここから多くの命を奪う悪魔が飛んでった、と見るにはあまりにもしらじらしい様子で、 
その碑は緑の真ん中にぽつんと佇んでいました。 
 

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その近くに残る日本軍の司令部跡を見ると、 
炊事場や浴室、トイレなどの兵士達の生活の様子がうかがわれる中にも、 
激しい砲撃を受けて壁や柱がむごたらしく穴が開き、割れ、 
あんな原爆機発射ポイントなんかより、いっそう生々しく感じます。 


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自分が玉砕した側の国民だからかもしれません。 
往々にして、悲劇話の方に感情移入がしやすいのかもしれません。 
このテニアンでも、向こうのサイパンでも、小高い台地の崖は穴だらけです。 
これは艦砲射撃を受けた痕で、そのすさまじさが手に取るようにわかります。 
 
 
 
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テニアンでもサイパンでも、米軍の艦隊は海が見えなくなるほどに集結し、 
そこから一斉に砲弾を雨のように降らせたのだそうです。 
この無数の穴を見れば、その話もあながち大げさではないことがうかがわれます。 
 
海から敵が上陸し、日本兵士だけでなく一般人も次第に追いつめられて、 
みんなこの高台まで逃げ、ついに逃げ場を失って海に身を投げていきました。 
次々に飛び込んで死んでいった躯が、 
この海岸いっぱいにぷかぷかと浮いていたそうです。 
北にある飛行場から一番遠い、島の南側でのことです。 
ここは「スーサイドクリフ」と呼ばれる断崖です。 
日本語にすると「自殺岬」なんとも恐ろしい名前です。 
万歳をしながら身を投げたという、サイパンの「バンザイクリフ」には、 
その魂を慰める日本政府の碑が建っていましたが、 
テニアンのこの崖にはなく、個人や私団体慰霊碑がいくつかありました。 
今は危険がないように堤がありますが、そこから海を覗くと、 
目もくらむ切り立った崖に高い波が怒濤のように打ち寄せ、背中がふるえます。 
 
さぞ、怖かっただろうね。 
痛かっただろうね。 
苦しかっただろうね。 
 
何を思って波に消えた? 



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もう1回、目を閉じて想像します。 
 
海を埋め尽くす無数の敵の艦隊からの容赦ない砲撃、 
あちこちで爆弾が炸裂、火の手が上がる。 
すさまじい爆裂音、悲鳴、叫び声、 
逃げて逃げて、ジャングルへ、高台へ、息を詰めて、声を潜めて、 
そして追いつめられて逃げ場がもうなくて、 
頭から流れた血で目が見えないし、指先もどこかに吹っ飛んだ。 
それでも敵に屈服するよりは、目の前の断崖から身を投げる方を私は選ぶ・・・ 
二度と帰れない故郷、二度と訪れない穏やかな日々、 
二度と笑うことも、きっと、ない。 
ふと思う。 
なんで、こんな遠くに来たんだったけかなぁ。 
人を殺すために、殺されるために、 
この絶壁から飛び込むために、私は生まれてきたんだっけかなぁ。 
おかあさん・・・。 
今度は、平和な時代に、そしてまたあなたの子として生まれたい。 


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この戦闘によって、こんな小さな島で1万人以上の尊い命が犠牲になりました。 
兵士だけでなく、一般邦人も、徴用朝鮮人も現地のチャモロ族の人々も、 
戦禍に巻き込まれてその命を落としました。 
そして、その命の犠牲のおかげで、今の私たちがあります。 
 
私は、命をかけて、国を、誰かを、何かを守ったことなどありません。 
命の危険にさらされたこともありません。 
 
今の私よりもきっと若い人たちが、 
その人生半ばにして命を絶つことを余儀なくされた、 
その悲しみと無念さを思う時、 
私たちは必ず、彼らに恥じない生き方をしなければならないと強く思います。 
 
私たちは、一人残らず、幸せにならなければなりません。 
そして、何が幸せなのかということを、後の世代にも伝えていかねばなりません。 
 
 

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チュルビーチは、米軍が最初にこの島に上陸してきたところです。 
今は、星の砂が採れる、穏やかで美しいビーチになっています。 
これは本当は砂ではなく、珊瑚と一緒に暮らしている有孔虫という生物の亡骸です。 
海に飛び込んだ人たちの、それぞれの胸の中にあった小さな夢や希望も、 
もしかしたら、星の形になってこの中に混じっているかもしれません。



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2003.11.20 


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