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テニアン島は北マリアナ諸島に属する14の島のうちのひとつです。
北マリアナ諸島というのはアメリカ合衆国の一部ですが、
グアム島はアメリカ自治属領(準州)、
グアムを除くほかの島はアメリカ自治領になっています。
自治領というのは、国籍、外交、防衛、医療、教育システムなどはアメリカの法律下にありますが、
そのほかは独自の自治をとっており、
アメリカの国でありながら、独立国のような形態をとっています。
北マリアナ連邦TOPのGovernor(知事)に最高の権力が与えられ、
いわば小さな大統領のようなポストなのだそうです。

先住民はチャモロ人ですが、16世紀にスペイン探検隊に発見され、
スペイン統治時代には住民の98%もが虐殺されて、
10万人が2000人ほどにまで減ってしまったそうです。
米西戦争でスペインが敗北した後は、
グアムはアメリカの占領下に、そのほかのマリアナ諸島の多くがドイツに割譲されました。
このときにも多くの紛争、虐殺が行われたようです。

第一次世界大戦後、日本が占領し、
そして第二次世界大戦では、このあたりの島々はアメリカとの戦場になり、
サイパンではアメリカ日本双方で5万人近くの人が死んだとも言われています。
各島はつぎつぎと激しい戦場となってアメリカ軍が日本軍を玉砕、
原子爆弾を積んで、テニアン島から広島や長崎に向かってB29が飛び立ちました。

確かに、原爆は悲しい戦争を終わらせた結果にもなり、
その日からここの島々には平和が訪れたことになるのですが、
欲や権力に駆られた争いというのは、なんと多くの血を流さなければ終わらないのでしょう。
真っ青な空の下で、焼け野原になった地に呆然とたたずむ人々が目に浮かぶようです。

こうやって長い長い歴史の流れから見れば、愚かしいことは明白なのに、
それでも、いまなお、人間は砂漠の地で同じことを繰り返しています。

グアムもサイパンもテニアンも、戦争の爪あとが今でもあちこちに残っています。
この地が愚かしく悲しい血をいっぱい吸っても、
海や緑はそれらを覆いつくすように、あくまでもきれいなままここにあります。

 人間ってばかだよねぇ・・・。
 許しあい、愛し合い、お互いを抱きとめていければ、
 いつまでもこうやってきれいでいられるんだよ・・・。
 ほら、私たちはこうやって人間の愚かさを、それでも許して抱きとめているから、
 いつまでたっても美しさを失わないでしょう?

打ち寄せては返す波が、そう教えてくれているように感じます。



おまけ。

ところで、ゴルフトーナメントでは、父は「ガバナーズ杯」をいただきました。
日本で言えば総理大臣賞ということになりますが、
最高年齢参加者だったということも判明し、
本人はまだまだ若いつもりでいたのに、
うれしいのはもちろんですが、なんだか複雑な心境でもあるようです。

北マリアナの旗にも描かれているラッテストーンの木製カップをどっこいしょと担ぎ、
ポケットはカジノでの戦利金がふくれ、父もご機嫌。
なにかとすねをかじって、滞在費がほとんどかからなかった人間せんせいもご機嫌。

今回は父と二人での初めての旅でした。
わがままを言い、困らせた年月は気が遠くなるほど長いですが、
これから少しでも長く、優しい時間が持てますように・・・。

そしてテニアンは自転車でぐるっと回れるほどの小さな島なので、
今度はカジノやゴルフに明け暮れる人ではなく、
一緒に海に入れる人と、ゆっくりもう一度訪れたいと思いました。




kuronekoline.gif

2003.03.18 


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