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ここのところは、マイクとの別れについて書いています。
やっぱり毎回記しておいた方がいいかなと、また、前書きを書きます。

かなり辛い記事で、読む方々にもしんどい内容になります。
まだ若いねこさんとお暮らしの方、
初めてのねこさんとお暮らしの方にはショックかもしれません。
または、私の行動に感情を害される方もいらっしゃるかもしれません。

でもマイクが、私のマイクが17年生きた、その最期の日々なので、
自分のために、記録として残したいと思い書いています。

更に10日後、2009年、10月4日の日記です。
失明からは1ヶ月が経っていました。


*****************************************


あれから数日は、相変わらず人間せんせいはマイクを追いかけ回していました。
トイレとお水は何とか自力で歩いていきますが、やっぱりご飯が進みません。
先日まではかつを節には反応していましたが、
嗅覚も利かなくなったようで、ご飯を探せないように見えました。

「ご・は・ん」の声かけは彼は小さい時から理解しているので、
小皿にスープを取り、
『ほら、マイク、ご・は・ん♪』と言い、小皿を床にことりと置くと
彼は顔を下に向けて探し食べ始めます。

でも食欲そのものが昔のようにはわかないようで、
また、この期に及んでも「これは嫌い」などととんでもないことを言い、
ふいっと向こうを向いてしまったりします。

おいっ!

スープ状のものを好み、とろみの付いた缶詰も汁気だけを舐めます。
これではおかず食だし、量も栄養も取れないと思い、
総合栄養食の缶詰をミキサーにかけ、猫用ミルクを足したり、
鳥のだし、かつをだしを作って小分けに冷凍し、足したり、
ちょっと温めて匂いが立つようにしたり、かりかりも粉にしてふりかけたり。

なんとかそうやってきましたが、10月に入り、
マイクはもう自分ではご飯を食べようとしなくなりました。

「ことり」とお皿を置くと下を向きますが、
お皿を出すタイミングがずれるのか、
ひげにお皿が触れるとイヤイヤをして向こうを向いてしまいます。

それで、点滴と平行して強制的にスープやペーストを口に入れることにしました。
口のやや広い注射器を買ってきましたが、
自分の口に入ったところの感触が嫌なのか、首を振って拒絶します。
口をあけた瞬間を逃さず注入しますが、
ぎゅうっと入ってしまうようで、マイクは溺れてしまいそうでした。

マドラーの小さなスプーンも使ってみましたが、
あまりに小さくていくらも入らず、延々と作業が続き、かえってかわいそうでした。

そして今は、お医者様からいただいた大きめのスポイトを使っています。
これも口に触れた感触は嫌そうですが、
注射器よりはゆっくりと、マイクのごくごくごく、喉の動きにあわせて加減して注入できるので、
何とかこれで、量はほんの少しですが、
我慢してスープとカロリー補給の流動食を飲んでくれています。

彼は失明する前日まで、元気で階段もリズミカルに上り下りし、
17歳であっても何の心配もしていなかったので、
人間せんせいとしては、最初、
目が見えなくなっただけなのに、なんでこんなに急にがっくりしてしまうの・・・と納得がいかず、
カロリーが補給され、また食欲が戻れば、目が見えないなりにも奇跡的に身体は回復し、
まだ、のんびりゆっくりした日々が戻ってくると思ったりもしましたが、
ある時、そもそも出発点が違うことに気がつきました。

つまり、
目が見えなくなったのは突然に来たけれど、
その前はいつもと全く変わらなかったのだけれど、
でも実は、その前から人間せんせいには気がつかない程でも老化は限界近く進み、
目が見えなくなっただけ、なのではなく、
老衰で全体状態が悪くなったから、目が見えなくなったのであり、
全体状態が悪いから食欲もなくなって、
食欲がなく栄養も摂れないから加速度的にもっと状態が悪くなっていくのです。
もしかしたら、給餌をしても吸収もできなくなっているかもしれません。

2日前からは、お水も自分では飲もうとしなくなりました。
小皿は、スープとカロリー補給の流動食とお水の3皿になりました。

これは・・・やっぱり拷問かな・・・?
こんなことして、彼は幸せだろうか・・・?

それは、人間の介護にも言えることなのかもしれません。

いなくなってしまうかもしれないという恐怖と
いつまでも何とか側にいてよという願いと、
できることは何でもしてあげたいという思いは、
介護の手間とか身体の疲れよりも上回るでしょう。

首を振って嫌がるマイクをなだめながら、自分が何のために何をしているのか、自問し、
『マイちゃん、もういいにしようか・・・』とつぶやいたり、
答えのないまま、まだ呼吸をしている彼の胸を確かめて、
『やっぱり、もう少し頑張ってみようか・・・』と言ってみたり。

でも、少なくとも、
出発点が違うことに気がついてからは、
何かにすがって何とかしようという気持ちは落ち着いたような気がします。
彼を励ましながら、でも、彼が穏やかでいられれば、
きっとそれは間違っていないのじゃないか・・・。

ところで、
他のねこ隊もそろそろマイクの異変に気がついてきたようで、
彼があさっての方向によろよろ歩いていったり、
曲がろうとしてよろけて転んでしまったりするのをじっと見つめます。

他のねこにとっては、目が見えないということは想定外で、
その発想自体がないと思いますが、具合が悪そうだということは理解しているようです。

ニ~ニは時々マイクのベッドに入って顔を舐めたりしてくれます。
今ではマイクよりも体重があるので、
マイクにとってはうれしいのか迷惑なのかはわかりませんが・・・。


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**********************************


私はマイクの状態をわかっていたんだかわかっていなかったんだか・・・

失明したあの時すぐにお医者へ連れて行けば、
この状態は腎臓が弱っているどころではなく、腎不全の末期であり、
目が見えなくなっただけ、ではないのだと、初期の段階から理解したでしょう。

でも、そう理解したところで、いや、理解したならなおさら、
マイクが嫌がることのすべてを排除するということを優先したかもしれません。

外で暮らしていたままのように、猫としてなるべく自然に・・・とはいっても、
何もしないで見守っていくというのは、それはそれでやはり辛いものがあります。

人間が側についているからこそ、どこまでしてやれることなのか、
どこからが猫のストレスになり苦痛になるのか、
その辺の線引きは、猫に生まれ変わって猫の生を体験し、
その上でまた人間に転生して猫と暮らすということをしない限りわかりません。
でももしかして、猫に転生、また人間に転生という奇跡を体験しても、
個体によって性格や感じ方が違うので、
やっぱりその線引きはずっとわからないままかもしれません。

介護中はそれどころではありませんでしたが、
マイクが亡くなった後、検索をしてみると、
腎不全の末期、高血圧での網膜はく離による失明の症例はありました。
しかし、点滴に通っていた病院では、そんな猫は見たことはないとのことでした。

頻発ではないかもしれないけれど、そんなに珍しいことでもなさそうなのに、
それを知らなかった、そういう猫に出会わなかったお医者様って・・・う~ん・・・

だから、お医者選びは難しいのよね・・・
お医者様のお話は、またいつか。


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2010.07.31 
今振り返れば、この時点で、私はマイクが今すぐどうこうとは思っていなかったのだと思います。

10日後、2009年9月23日の日記です。
失明からは20日ほど経ちました。

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動物は、人間が思う以上に、自力で生きていく力が強いのだと思います。
人間はつい色々想像して、かわいそうだろうと情をかけますが、
動物は、自分の環境を恨んだり、将来を悲観したり、別の生き方をうらやましがったり、
原因を追究したり、結果を予想したり、そういうこともしないのだろうと思います。

動物は、快か不快か、安全か危険か、一瞬一瞬、今を生きているのでしょう。
そして特に、恐れや恐怖は命が危ぶまれるので敏感なのでしょう。

マイクが今、恐怖が少しでも減るように、安心して暮らせるようにするのが、
家族のしてあげられることなのだと思います。

マイクが立ち止まりじっと動かないでいると、まるで彼が呆然としているかのように感じ、
さぞかし悲しみに打ちひしがれているのだと、こちらも胸がつぶれる思いでしたが、
いつもより慎重に安全を確認しているだけなのかもしれません。
悲しみよりも安全確認の方が、動物が生きる上で重要なことでありますから。

日ごとに、それはそれは見事なほど、
目が見えないことはマイクも受け入れてきたようで、
不安の声を発することもなくなりました。

ご飯を食べる場所、お水の場所、トイレの場所は決まっていますが、
ここ1年くらいはご飯の量も減ってきていましたので、
高齢の身、とにかく食べさせないと、とか、
お水もいっぱい飲んでトイレにも何度も行かせないと、と、
人間せんせいはあたふたして、
彼がその場所にたどり着いて自力で食べようとするまで待てません。

マイクを追いかけお皿を鼻先に近づけたり、
トイレの砂をザッザと音させてここだよと誘導したりし、
うまく食べてくれない、おしっこの量も少ないんじゃないかと、
いちいち気がかりで、胃痛も日ごとに悪化していきました。

明日は午前中から幼稚園の仕事が入って、そのまま塾へと長く留守するし、
点滴をお休みするのではなくて、朝イチで行った方がいいだろうか、そんな風に焦っていましたが、
人間家族が朝5時半ごろマイクは、と見ると、
ご飯の場所で夕べの誰かの残りを食べてた、その後トイレにも行ったそうです。

へ・・・!?

だって、追いかけ回して一瞬の機を逃さずにさっとお皿を出して、
それでやっと食べてくれるのよ・・・!

本当におなかがすいていればきっと食べるのです。
本当にトイレに行きたくて仕方がなければ行くのです。
人間せんせいの方がマイクを信用していなかったのでした。

高齢だから心配・・・
これはやはりこれからも毎日ケアを続けなければなりません。
でも、目が見えないから不憫だ心配だ、
こちらの方は少しずつ見守る方向で彼自身に任せても大丈夫そうです。

考えてみれば、人間せんせいが寝ている間、
6.7時間はマイクも自力でやっているのですから、
四六時中、彼を見張っていなくてもきっと心配ありません。

**************************************


検査や治療ということが、動物にとって想定外だとしても、
でも、だからこそ、人間の智慧と科学の恩恵をねこにも受けさせてやることが、
一緒に暮らす人間のとるべき賢い選択ともいえるでしょう。

私も彼が病気だとか怪我だとか、またはもっと若かったなどという状況なら、
迷わずお医者様に診ていただいたでしょう。

この時点で、私は彼が今すぐどうこうとは考えていなかったのだと思います。
腎臓は弱っていたことはわかっていましたが、それを病気と捉えたのではなく、老化だと。

そして、老化の過程では当然色々な状態が出てくる、
それを治療という形ではなく、QOLを維持する、上げる、そんな風に捉えていたのだと、
今になって思い返しています。

更に、私には、是非にも行きたい病院が見つかっていなかった、ということも、
マイクをすぐにお医者に連れて行かねばとは思わなかった理由のひとつでした。

信頼できたお医者様は自宅から遠く、混雑もしていて、
フランのお医者通いはかなりのストレスだったし、
近くのお医者であっても、フランの異変の際、病院へ連れて行く途中に車の中で死なせてしまった、
そんな経験が頭をよぎったことも事実でした。

老猫の苦痛やストレスになるくらいなら、積極的な治療はしない。
今、彼を楽に過ごさせてあげるために、私に何ができるか、
そんなスタンスでマイクの介護をしていました。


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部屋からベランダに出るには段差があるので、
ウレタンマットを敷いてなだらかにしていました。
マイクは上手にベランダに出て、毎日見えない目で外を見ていました。


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2010.07.30 
きょうから少しの間、マイクとの別れについて書きます。
かなり重い記事で、読む方々にもしんどい内容になります。

まだ若いねこさんとお暮らしの方、
初めてのねこさんとお暮らしの方にはショックかもしれません。
または、私の行動に感情を害される方もいらっしゃるかもしれません。

でもマイクが、私のマイクが17年生きた、その最期の日々なので、
自分のために、記録として残したいと思いました。

2009年、9月12日の日記です。

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マイクは、先日、17歳になってすぐ視力を失いました。
つい前の日まで階段を降り窓辺に座っていたのに、
その翌日には壁に向かってじっとしており、
何をしているんだろうと思いながら人間せんせいは仕事に行き、
夜に帰宅して異変に気づきました。

その夜は、明らかに前日の様子とは違って、
マイクはヒゲを頼りに部屋の隅を壁沿いにそろりそろり歩き、
そのまままっすぐ行けば、椅子の足にぶつかるルートでも直進し、
ヒゲが触れてはっとよけました。

見えてない・・・!?

目の前で指をちらちらさせましたが、顔は動かず、
指を追うこともしませんでした。

彼自身もショックで不安だったのでしょう。
呆然とたたずむことが多く、2、3日は狭い勉強部屋の方で、
トイレもそばにあるし、ご飯もお水も傍においてずっと側につき、
彼がベッドに入って寝入ってから、部屋のドアを閉めて階下に降りました。

朝はドアを大きく開け、
名前を呼んで軽く手をたたきながら向かいのリビングに誘導すると、
彼は上手に歩いてきました。

不安そうにそろりそろりと部屋を確認して歩き、
ベランダにも出られるようになってきました。

幸い、涼しくなってきたので、リビングや勉強部屋のドアも開け放つことなく、
ストッパーで細くあけるくらいですむようになり、
その細さでは彼は今のところ部屋を出て行こうとはしません。

階段にはヒゲが当たる高さと足が当たる位置にテープを張りましたが、
多分、賢くて慎重な彼のこと、今のところ近づく様子はありません。

目が見えない暮らしに、マイク自身も人間達も慣れていかねばなりません。
彼の様子を見ていると、気持ちが落ち着いてくれば、
人間が心配するよりはそれなりにうまく生活するような気がしますが、
今は、まだ気持ちの方がが弱ってきていて、
ご飯の量が前にも増して減ってきてしまい、点滴を受けています。

マイクはもう、おかあちゃんの顔もおとうちゃんの顔も、
大好きなベランダからの外の景色も見ることはできません。
でも、きょうもベランダに出ていつも眺めていた方を向いて、
風に吹かれ、鳥や虫の声を聞き、きっと、心の目で見ています。

おかあちゃんの声を聞き、胸に顔を押し付けて鼓動を聞き、
撫でてもらう手の感触を味わって、匂いを感じ、
兄弟達の足音や遊ぶ声やお水を飲む音を聞いて、
まだ気づいてない様子ですりすりしてくれる彼らから心をもらって、
また元気になってくれるでしょう。


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なぜでしょう。
私は、動転してすぐにお医者へ連れて行く、ということをしませんでした。

もうだいぶ前からお水をたくさん飲み、トイレにもよく行きましたから、
腎臓が弱ってきていることはわかっていました。
17歳という年齢に、どこかで覚悟を決めすぎていたのかもしれません。

20歳、23歳というご長寿ねこさんもたくさんいるのですから、
もっと彼の寿命を延ばすことに固執するべきだったかもしれません。

でもね・・・・

その前に亡くなったフランをお医者漬け薬漬けにしてしまった悔いがあって、
外から来た子たち、
そのまま外で暮らしていたらどうだっただろう・・・
そんな風に、なるべく自然に、星に帰してやりたいと思ったのです。

検査をしなかったので、高血圧による網膜はく離なのか、
または、脳に病気があったのかは定かではありません。
網膜はく離の場合、早急の処置により視力が改善されることもあるそうです。

瞳孔が開いたままのマイクの瞳は、深い海の色をしていました。


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2010.07.29 
夏のおやつは何といってもスイカです♪
子どもの頃はスイカのおやつはうれしくてたまりませんでした。

子どもにしてみれば、あの大きさです。
全部が自分の口に入らないにせよ、
あんな大きな食べ物は、それだけでとっても満足感があります。

かぶりついて食べられることも子どもには魅力でしょう。
いつもはお行儀が悪いと言われていることも、スイカならば許されるのです。

そして、あんなに大きなものを切るのですから、
子どもだけでなく、大人もみんな揃ってわいわいしながら食べます。
そんなことも楽しい記憶となっているのかもしれません。

さて、実家では今年は5年ぶりに庭にスイカの苗を植えました。
何せ老人世帯、雄花と雌花がよく見えるかなと、
実家へ行くたびに人間せんせいも花を観察していましたが、
今年は雄花ばかりでなかなか受粉ができないでいました。

先週実家へ行った時には気がつきませんでしたが、
なんと、今週行った時には・・・!!



1号
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2号
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3号
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連日の暑さで一気に大きくなったみたいです♪


ところで、ネットのお友達が集まって毎年スイカを作り、その大きさを競うイベントが開催されます。
北限に挑戦したり、ベランダ栽培、水栽培と、工夫も様々で、
人間せんせいも5年ほど前にベランダで作ってみました。

4苗植えて、
斉藤さん、やまもっつぁん、白・發・中さん、ぷよ子、と名づけ、
ぷよ子だけが生き残り、スイカの実をつけましたが・・・・



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バナナじゃありません。


ぷよ子の子は、悩みに悩んだ末に顔がひん曲がり、バナナの姿でもしばらく頑張っていましたが、
台風の後で途中で落ちてしまい、おやつの収穫とはなりませんでした。
ところが同じ年、父も人間せんせいに対抗して庭でスイカを作り、
こちらは見事に収穫でき、夏のおやつ、実家で堪能したのでした。


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なんか、今年の実家のスイカ、何だか細長くて
あの時のバナナ型のぷよ子の子を彷彿とさせます。


<前衛西瓜栽培>

2004年のぷよ子、2005年のきんぷくりんを育てた涙々の日々の記録ですが、
あまりに馬鹿馬鹿しいので、長々と読んでいただくほどではありません。
自分の記録としてここに残すことにしたのです。


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2010.07.28 
いつものように、夜、塾が終わって帰り道を急いでいたら、
どこからかセミがやって来て、人間せんせいの周りをぶんぶん飛びました。
初めは、夜遅くひとりで帰る道、連れがいるのは心強い、と思いましたが、
いかんせん、ぶんぶんとうるさいので、右によけ、左によけ、歩きました。

セミは、まだしつこくぶんぶん飛び回り、
なんと、人間せんせいが小走りになっても追いかけてきます。

なんなのよぉ~~。

人間せんせいは、はたと思い当たり、立ち止まってみました。
セミは人間せんせいの肩の後ろあたりに止まりました。

なぁんだ、止まるところを捜してたのね。
いいよ。そこに止まっても。

人間せんせいは、立ち止まったまま動かないでじっとしていました。

ところが、

ところが!

セミのやつ、そこで鳴き始めたではありませんか。

じーー、じーー、じーー、じーー、じーーーーーーーー!!!!

み、耳が壊れるかと思いました。

窓の外、遠くじーじーとなくセミの声でもうるさいのに、
耳元で鳴かれたらたまりません。
肩をちょっと動かしたら、飛んでいくかと思ったのに、ちょっとくらいではだめでした。

仕方がないので、肩に乗せたままそろりそろりと歩きました。
そのうち、気がすんだのか、セミは肩からどこかへ飛んでいきました。

少し行ったら、地面でじーじーと鳴いているセミがいました。
さっきのセミかもしれないし、また別のセミかもしれません。

最近の夏の暑さは昼間だけでなくなり、夜も暑くて、
セミは、昼と夜がわからなくなってきているのかもしれません。
木も地面も人間も見境がなくなってきているのかもしれません。

なんだか急にかわいそうになってきました。




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みーん みーん みーん みーん

小さかったフラン、セミが得意でしたっけ。


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2010.07.26 
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『お嬢様

お嬢様

暑くないですか?

それは外ねこ隊のみなさん用の毛布なんですけど・・・

仕舞おうと思って洗って干したのに、また毛がついてしまいまする。』








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にゃんなの?

下僕のくせして、わたちのお昼寝を妨げるとは・・・



『あ・・・・・!』

にゃんですの?

『いえ・・・別に・・』

にゃんです?

はっきりおっしゃいっ。


『あの・・・恐れながら、お嬢様、鼻くそが・・・』


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んまぁ~っ!!

知らにゃいの?

これは最新の流行なのよ

ぷいっ。


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2010.07.24 
だんだんに体力がなくなりつつある言葉たちの中には、
「敬語」もあります。

「今の若者は敬語が使えない。」
大人たちは嘆きます。
また、天に向かってつばを吐いています。

彼らが敬語を使えないのは、当たり前のことです。
彼らが育ってきた環境の中で、
生きている言葉として、敬語を耳にしてこなかったからです。

かつては電話は大人の通信手段であり、
「相手に失礼だから、子どもは電話を取ってはいけない。」
と言われました。

かつての大人たちには、相手との間に距離がありました。
公の部分と、私の部分の区別が当たり前だったのでしょう。
そして子どもたちは、日常の中で、
公の部分の大人たちも目にし、耳にすることができていたのです。

英語でも敬語表現は過去形を使います。
つまり、やはり、相手との間に距離を作るのです。

昔は人の中に階級があり、その中で苦しんだ人たちも大勢いました。
それがみんな平等になり、それぞれの価値を認め、いい時代になりました。
でも、みんなが平等だということと、相手に敬意を払うということとは違うのに、
いや、むしろ、相手を認めるからこそ、敬意を払うはずなのに、
敬語は体力を失って、ぜいぜいしています。

カジュアルな表現というのは、相手との距離が縮まり、
すぐに親しくなれるような気がします。
敬語を使いすぎれば、堅苦しく、相手との関係も硬くなります。

でも、本当にそうでしょうか。
敬語を使いすぎると距離を感じる、
そう思い込む社会、カジュアル社会を作ってしまったのではないでしょうか。

そして、それは悪いことなのでしょうか・・・

今では、電話は大人たちにとっても、友達とのおしゃべりの道具になり、
子どもたちは自分のおしゃべりに携帯電話を使います。
昔は距離があった人たち、
たとえば、学校の先生や、お医者さん、駅員さん、お店の人、とも
大人たちは距離を縮め、カジュアルな言葉でコミュニケーションをします。
大人が作っているTV番組も、カジュアル言葉です。
子どもたちが大人の公の言葉や、敬語を聞く機会は殆どありません。

ならば、いずれ敬語が死んでくのは、当たり前です。
死んでいくべき言葉になっていく方が自然で、進化なのかもしれません。

カジュアル社会を大人たちはどう思っているのか・・・?

そんな社会が歓迎され、進化の過程であるとするならば、
子ども達に昔ながらの敬語を教え込む必要はありません。

カジュアルな社会に眉をしかめるのならば、
大人たちこそ、日常の中でもっと敬語を使いこなさなければなりません。



「『行く』の尊敬語は?」
「いらっしゃる」

「『言う』の尊敬語は?」
「おっしゃる」

「『食べる』の尊敬語は?」
「食べっしゃる」

「『来る』の尊敬語は?」
「来っしゃる」

そう答える子が増えてきました。


****************************************************

以上は、関東で生まれ育ち、今も関東に住んでいる私の雑感ですが、
随分前に、転勤で短い間関西に住んだことがあります。

「はる」というのは、敬語表現だと思うのですが、
幼稚園ほどの小さな子どもまで、「何してはるのん?」という言い回しが当たり前に使えます。

関西と言っても大阪、神戸、京都では、言語体系が違うのでしょうが、
「はる」こそ、子どもが大人たちの言葉を聞いて身体で覚えた表現でしょう。
相手との距離を遠ざけず、親しさと敬語は共存できているのです。

関西での経験しかありませんが、
子ども達に自然に伝えている敬語表現がどの地方にもあるかもしれません。

ならば、標準語での敬語が子どもに伝わっていないというのは、
大人たちの愚かさと怠慢であることは間違いありません。
関西での成功例を見れば、一目瞭然です、
子どもは、机の上で教えずとも、きちんと言葉は覚えていくものなのです。


他人事ように書いているけれど、
もちろん、人間せんせいも上記「大人」の代表的一員であります。

取り返しの付かないくらい長い間、
いい加減な大人をやってきた反省と謝罪をこめて・・・


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2010.07.23 
人間せんせいは3歳から、高3までの子に英語を教えていますが、
なぜだか、中3だけは国語も教えています。

最近の子は文字を読むことも、書くことも少なくなり、
総じて国語が苦手だったりします。
旧式然とした読解中心の内容は、何か改革が必要な気もしますが、
中3で、目の前に受験があるのなら、授業改革云々と言ってる暇はなく、
即効性のある教え方をしなければなりません。

まず、やっぱり読むこと。何でも、活字を。何度も。
そして、それを要約すること。
頭の中で整理し、自分の言葉に置き換えて表現してみること。
受験の問題では、記号で答えたり、本文から抜き出したりすることばかりですが、
やはり、基本は読む、書く、であると思います。
今の子どもを取り巻く環境が、それをあまり必要としないものであっても。

ただし、感じるということは、教えられるものではなく、
また、一人一人違っていいもののはずですから、
子どもたちの成育歴や、環境にまで口をはさむことはできません。
本当なら、即効性なんてあるわけないのです。
教えることができるのは、問題を解くテクニックだけで、
その結果、長文の問題が間違いなく解けるようになったからといって、
読解力がついたとはいえないのです。

それでも、今の子どもたちが、
言葉の意味や使い方、読み取り方、感じ方さえも、机上で学ばなければならないのは、
きっと大人たちの責任が大きいでしょう。
採点をする側の大人の都合で、
正解が一つしかないようにできている問題ばかりでは、
読解力や、表現力が苦手になるのは当たり前です。
そういう訓練ばかりやらされて、
日本語の美しさや、素晴らしい文章に触れたときの感動を、
このように感じなさい、これ以外は不正解ですよ、なんて、
どう考えてもおかしいと思うのです。

本来なら、大人たちとの日常の中で日本語を学んでいくはずなのです。
「今の子どもの日本語が乱れている。」
「読解力がない、書けない。」と大人たちが言うことは、
天に向かってつばを吐いているのと同じ気がします。

昔、新任だったころ、先輩の先生に
「子どもの前に立つときは、日本語に気をつけなさい。
 彼らはあなたの日本語を聞いて育つのですよ。」と教えられました。
子どもは生活の大部分を学校で過ごします。
先生の言葉づかいというものも、大いに影響があるでしょう。

父や母からも、「話す言葉にはその人の人格が出る。」と教えられました。
今、せんせいである前に、私は日本語を話す大人です。
大人として恥ずかしくない日本語を、子どもたちに聞かせたいと思っています。

ですが・・・
そう思いながら、
人間せんせいも天に向かってつばを吐いている一人です。
お手本になるような日本語を聞かせているとはとても言えず、
受験に打ち勝つべく、即効性のある教え方ばかりしてしまいます。

さて、土曜日から始まった夏期講習、
きょう火曜日は終業式があり、夜の授業だけでしたが、
これから3週間は休みがありません。
なんで、子ども達はそんなに勉強するのでしょう?

2010.07.21 
今は誰でも簡単に動画を撮ったりアップしたり、
そして見る方にとっても、それはとても楽しいものになっています。

人間せんせいは動画は扱えません。

古いカメラでもちょこっとは撮れるようですが、
大体、動画を撮ろうという発想が脳みその中にないのです。

お絵描きソフトも作曲ソフトも、まだ使いこなせていないし、
ねんねこ町のおうちも、羊毛フェルトのねこ君も、
上手にならないままほっぽらかしたままだし、
これ以上のキャパはないのです。



その昔、PCの容量やメモリは小さくて、
ネット回線ものろくて、
自分のHPに乗せるものはなるべく軽くというのが主流でした。

今も、このPC、4号機はメモリが512mb しかありません。
それでも、1号機からすれば夢のようにいい子で、
この10年のネット環境、PC周りの進歩の素晴らしさは、
人間せんせいの加齢の進行のすさまじさとどっこいどっこいであります。

さて、夕べ、お友達のコメントのお返事を書いていて思い出しました。
土管の中のにゃんこの絵は、元々は昔作ったスライド紙芝居の一部だったことを。

昔、動画など素人が扱えない、
少なくとも人間せんせいには近寄ることさえもできなかった頃、
ネット上で画像を動かすのに、
ぱらぱら漫画をgifアニメにしたり、javascriptをソースに組み込みました。
そんなものでも、出来上がった時には、おぉ~!と感動したものです。

カレンダーの赤い日、つまり、学校の休みの時ほど忙しい人間せんせいには、
いよいよ恐怖の夏休みがやってきます。
「ないしょの話」も更新が滞りがちになりそうな夏、
過去ネタで乗り切ることになりそうです。

というわけで、10年近くも前のレトロなスライド紙芝居、
お時間のある方は、怖いもの見たさでいかがでしょう。



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<ままねこ・甘えっ子>


注意: MacIE では動作しません。
    NN の動作確認はできていません。

2010.07.19 
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週間天気をみるとこれから先、晴れマークになりました。
ここ関東はそろそろ梅雨が明けそうです。

各地で大雨による大きな被害が出ています。
被災された方々はもちろん大変なことですが、
小さな生き物達はどうしてるのでしょう。

以前、うげげと書いたなめくじだって、
いくら雨が好きでも、
あんなに大雨では、葉っぱにしがみついても流されてしまうでしょう。
鳥は・・・虫は・・・そしてねこ君たちは・・??

自然も生き物だから、
その中で生きる動物達は、そんな日もあるとわかっているのかもしれません。
身ひとつで生きる者たちは、いろんなものを抱えた人間達よりも、
潔く、もしかしたら賢く、あるがまま受け入れて、嘆くこともなく、
そして、また明日からも強く生きていくのでしょう。

転がっている土管も我が家にしてしまうのって素敵ね。
敷地や境界線や、国境さえもないって、素敵ね。

梅雨が明けたら、土管から出てきてお散歩、どうぞ♪

2010.07.17 
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