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最近の人間せんせいの周りには、
外ねこ隊と、御子神(みこがみ)さんと、おばあちゃんしかいないようで、
家の中にいる HAPPYねこ隊はちゃんと生きているのか、
人間せんせいの愛情の行方が、いまいち不安。
いやいや、勿論愛情はたっぷりあるのですが、その表現も怠ってはいけません。

それで、きょうはしっぽのお話。


HAPPYねこ隊、隊長のマイクは細く長いきれいなしっぽでした。
彼がしっぽを立てて近づいてくる時に、
ゆらゆら揺れるのを見てうっとりしたものです。

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副長のフランは、かぎしっぽでした。
ちょうど半分から直角に折れていて、
しかも、それを畳むことができる優れものでした。
身体は白っぽいのに耳や足やしっぽが黒くて、
フランのかぎしっぽは、人間せんせいの宝物でした。

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毎朝毎晩ベランダでお祈りをささげていた、シャーマンのシュヴァルツは、
まっすぐな、でも中途半端な長さのしっぽ。
ゆらゆらもしないし、あまりしっぽを動かさない子でした。
おとなしくて控えめな彼らしいしっぽだったかもしれません。

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お客様大好き、接待担当のねこせんせいは、丸くて太いたわししっぽ。
身体も6キロと大きいので、しっぽも本物たわしよりひと回り大きく、
ばたばた揺らすと、風が起こります。

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あくまでも単独行動、ねこのハードボイルドを気取るび~ぼは、細長いしっぽ。
身体も小さく、毛足も短く身体に張り付いているようなので、
本当に細い細いしっぽです。

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初めての女の子だったマシュも長いしっぽですが、
び~ぼとは違って毛がちょっとふさふさ、
細すぎず太すぎず、身体にちょうどいいバランスの取れたきれいなしっぽ。
フランに似ているという不純な動機で家に連れてきてしまいましたが、
さすがに直角かぎしっぽではありませんでした。

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マシュがかぎしっぽでなくて残念・・・という
人間せんせいの邪念のにおいを嗅ぎ取ったマシュの息子、ニーニ。
彼の不思議なしっぽで一発逆転。
ぶたさんのしっぽのようにくるりと巻いています。
かぎではなく、折れているのでもなく、くるりと。

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もう1歳になると思うのに、手術も済ませたのに、
とても大人とは思えない、とてもレディとも思えない、
年齢不詳、性別不詳っぽい、えびせんのしっぽは、
コップ洗いのブラシしっぽでちょこっと曲がってるかぎしっぽ。

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どれもこれも愛しいしっぽたち。
人間せんせいが人間に生まれて残念なのは、しっぽがないことです。


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2010.06.30 
子どもの頃から先生になりたくて、
でも、一生勤めるつもりだったその仕事を捨てたのは、
女手ひとつにもかかわらず、結婚当初、姑が当たり前のように住まいを増築し、
2世帯にして待っていてくれたからでした。

男性はずっと仕事ができるのに、
自分の親とも一緒に暮らせるのに、
同居の打診は受けてないのに、
何で長男だと当たり前なのかな・・・
私の気持ちは考慮されないのかな・・・
なんか、女性は損だな・・・

何も疑わず当たり前に、嬉々として2世帯の建築を進める姑に、
当初はすとんと納得できない自分自身も確かにいました。

結婚後もしばらく仕事を続けましたが、
私達のために建ててくれた部屋をいつまでも空き家のままにし、
大好きな人の母親の気持ちを見ないふりするほど、私は頑固でもありませんでした。
ちょうど、持ち上がりで担任していた子供達が卒業するのを機に、
きっぱりと辞めてここへ引っ越してきました。

引越しをして数ヶ月、姑はくも膜下出血で倒れました。
幸い処置が早かったので後遺症も残らず、今は元気にしていますが、
入院が1ヶ月続いた時のこと、
毎朝、看護師さんが姑に尋ねました。

「お誕生日はいつですか?」
「お名前とお歳は?」
「ご家族は?」

手術後の頭のリハビリだったのでしょう。

家族と聞かれて彼女は答えました。
「子ども3人と孫2人です。」

子どもというのは、勿論自分が生んだ子ども、つまり私の夫、その姉、弟です。
孫というのは、嫁いだ娘、つまり夫の姉の子どもです。

彼女の言う家族には、私は入っていなかったのです。
遠く離れた別の家にいる孫は入って、一緒に住んでいる嫁は入っていません。

あぁ、そっか・・・あくまでもお嫁さんは他人なんだ・・・

それを知って私はがっくり・・・
いいえ。反対でした。

彼女の本音を知り、
ならば、彼女も何かを我慢し、理不尽も感じているかもしれないと。

女でひとつでせっかく育てた娘をどこかへやり、
息子がこんなへらへらした娘を連れて来たら、
それは、私が仕事を一生できるできない、よりも、
もしかしたらもっと納得できないことかもしれないな・・・

入院中は個室だったので、下の世話もしばらくしました。
目の前にいるのが病人なので、私はそれを当然と思い負担ではありませんでしたが、
そういう世話は、する方よりもされる方がずっと辛いと感じました。
彼女は当時、まだ50代でした。
一緒に住み始めたばかりの知らない娘に・・・

幸い、退院後、姑は入院中のことは殆ど覚えていませんでした。
下の世話も自分の娘がずっとしたと思っているようです。
それは、私をほっとさせました。
覚えていたら、やはり彼女は辛かったでしょう。

彼女の方が辛いに違いない、
それでもいつもにこにこして私に気を遣い、大事にしてくれる・・・
それがわかったことで、私は以前の仕事への未練をすっぱり断ち切りました。

この地でも、今度は塾や教室での仕事を見つけられ今に至っていますが、
さて、住まいは2世帯の形であっても、私が仕事で留守の間に雨が降り込めば、 
姑は、こちら側にも入ってきて窓を閉め、洗濯物を取り込んでくれます。 
窓を閉めて出かけ、午後から陽が入ってきた時には、 
私達の寝室にさえもずんずん入り、窓を開け、風を入れてくれます。 
それを、プライバシーがないわ、と脹れることもできますが、 
彼女があまりにも当たり前にそうする善意を前にすると、 
プライバシーってそんなに大層なものだっけ・・・と苦笑します。 
 
欠けたお皿が、花壇の柵の代わりに並んで挿してあります。 
古いお鍋は取っ手をはずして、水をまくバケツの代わりにします。 
古着は、傷んでいないところをはぎ合わせて、座布団カバーにします。 
庭には、こぎれいな花の代わりに野菜が植わって、 
もらったり買ったりした野菜も冷蔵庫に入れないで、土に埋めます。 
なるべくなら隠して陰に干したいと私なら思う下着も、 
彼女は一番お陽さまに当たるように外側に干します。 
軒下にはいつでも、玉ねぎやら大根の葉っぱやきのこがぶら下がっています。 
お味噌を作り、梅干を作り、漬物を漬け、ラッキョウを漬け、 
古くなったセーターを解いてまた編みなおし、 
生ごみを埋めて肥料にし、ご飯粒を糊に使い、 
古新聞を束ねて縛るのは、古着を裂いて作った紐です。 
ベルトが破けて取れそうになったつっかけサンダルも、直して履きます。 
薄汚れてしまったお布団の、中身の綿を出して、 
日干し、夜干し、それに新しいカバーをかけて使うことも教えてくれました。

都内で育った私にはどれもこれもみんな知らない経験でした。 
 
名前も知らない道行く人にも、 
「行ってらっしゃい。」「お帰りなさい。」と彼女は声をかけ、 
いつでも笑って、楽しそうに鼻歌を歌い、 
雨が降れば雨の日の暮らしをし、 
夏の暑い日には夏だからできることをし、秋になれば冬支度をします。 
 
そして、一日の終わりには「きょうもありがとう。」と言って寝ます。

自分の親も近所の大人たちも、先輩達はみんなそうだったのかもしれません。
でも、自分が子どもである以上、それは精神的にという意味ですが、
そういうものは目に入らないのです。 

そんな彼女を前にして、 
私が頭の中で捏ねくりまわしたジェンダーのことなどは、何の意味も成さなくなり、 
嫁だろうが、姑だろうが、男性だろうが女性だろうが、 
彼女が私にとって何であっても、 
私が彼女にとって何であっても、そんなことはどうでもよいように思えます。
私は初めて、先輩達の生き方は見ておかなければいけないと思いました。

別に彼女のスタイルをそのまま良しとし、 
自分のスタイルを丸ごと否定するものではありませんが、 
人として先輩として彼女の背中から学ぶことは多く、 
彼女のスタイルを見てきたのと見てこなかったのとでは、 
これまでの、そしてこれからの私の生き方は違ってきたと思います。

あのままずっと仕事をしていて、そこから学ぶものはたくさんあったでしょう。
でも、私はこの人を側で見ている暮らしを選んだことを、
今では最良の選択だったと思っています。
教員として学びそこなったものと、彼女から学んだこと、
それらをプラスマイナスで測ることなどはできません。
少なくとも、2人だけで暮らすより、自分の親と暮らすより、
私自身にとって影響が大きかっただろうと思うだけです。

2人だけで暮らせば、甘えが出る。
自分の親と暮らしていても、私の場合は甘えが出ます。
そう、姑とは、他人だからこそ、それを通して自分を見つめなければならない、
そしてそれは、段々に本当の意味での自立を促していくような気がします。
 
いい歳をして、大人になったつもりで、 
生活も言動も、感情も、理性も、うわべがもこもこしていたにすぎません。 
姑に「あっはっは」と笑い飛ばされながら、 
粘土細工のように、手の跡をひとつひとつ残して、 
うわべのもこもこを何とか形あるものにしていきたいものです。 


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2010.06.29 
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ローカルTV局にて「ねこタクシー」というドラマが以前あり、
今度はそれが映画になるというので、友人と見に行く約束をし、
時間表をネットで確認しました。

インフォメーションを読むと、なんと、
上映後、主役ねこさんがトークショーに出演、とありました。
ねこさんはトークをしませんから、監督さんと共に舞台に上がるのでしょう。

近所のスーパー上のシネコン、これはその日に駆けつけねばなりません!

仕事も人間家族もほっぽりだし、
外ねこ隊のご飯の遅れも我慢させ、
変更のきく人間せんせいとは違って、友人の仕事は変えられず、
人間せんせいは友情も裏切ることになりました。

それでも主役ねこ、御子神さんの魅力には敵いません。

「ねこタクシー」というのは、
優しすぎるために対人関係がうまくいかない、そんなおじさん運転手が、
たまたま出あった野良猫「御子神さん」をタクシーに乗せ、
彼の周りの人々、仕事、家族が少しずつ動いていく、ほのぼの物語です。

映画はドラマのストーリーとは少し違っていましたが、
それぞれに楽しめるもので・・・というか、
内容はどうでも、
とにかく「御子神さん」演ずる「みーすけ」君が非常に魅力的です。

色々なCMやドラマにも出演しているタレントねこさんで、
三毛ねこの男の子です。
身体的なことに由来するのか、去勢もしていないそうですが、
牡の本能をどこかに忘れてきたようで、
おっとりした、寝るのが大好きな子だそうです。

写真撮影のため、会場をゆっくりひと回りしてくれましたが、
これは虐待・・・とも思えないほど、彼自身はピクリとも動かず、
トレードマークの可愛い舌をぺろっと出したまま、
お客さんのカメラの前でもゆったり構えて、かなりの大物です。


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人間せんせいもカメラを構えてぱちりといくはずでしたが、
古いカメラの上、会場の電気はついているものの薄暗くて、
露出の加減か、シャッターがゆっくり切れ、
であれば、当然手ブレが起こり、
手ブレ解消機能が付いているにもかかわらず、それをも上回るぶれぶれで、
上のようなぼやけた写真しか撮れませんでした。

人間せんせいのカメラは、今どきの携帯よりも性能は落ちるでしょう。
勿論、携帯は更に古いので、もっと使えません。
壊れていないものを捨て、
新しく性能がいい物を次々と欲しがる性格ではありませんが、
これでいいのだ・・・と強がるには、
ボケた写真でもじっと我慢する覚悟が必要です。

うううう。

では、ピントの合った写真、
この日にもらった「御子神さん」の生写真を。



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「先輩 その2」を書くはずが、
「御子神さん」はおばあちゃんをも吹っ飛ばしたのでした。


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2010.06.27 
結婚するまで殆ど家の手伝いはしませんでした。 
学生のときは、学生であることが免罪符となり、 
仕事を持ってからも、 
机に向かってしなければならないことの方が優先されました。 
 
お料理やお裁縫やお茶だのお花だのというのは、 
お稽古事としてちょこっと触れたに過ぎず、 
そんなものは、結婚という独立独歩には微々たるほどにしか必要ありません。 
 
結婚するということは、自分で生活をすることであり、 
自分と違う価値観を持った人と歩んでいくことであり、 
世間に対しても、責任を負うものであります。 
 
自分がどういう価値観を持ってどういう生き方をしようとしているのか、 
相手の価値観や生き方をどう認め、自分との矛盾にどう付き合い、 
二人がどこを向いて、どう生きていくのか、 
それをちゃんと見つめた上で、やっと自立、ということになるのでしょう。 
 
無宗教の人が多い日本では、世間というのがある種、善悪の基準を示し 
それが自我の基礎になることもあったし、 
生き方というのは、世間から家へ、親から子へ、と伝えられていました。 
それが、いつのまにか、隣り近所の付き合いや慣習などが、 
古臭いもの、面倒くさいもの、社会の成熟を妨げるものなどと見なされ、 
メディアによって流される西洋型のライフスタイルが、 
もてはやされるようになってきました。 
合理性や効率性、利便性が優先され、 
かっこ悪いか、かっこいいか、ダサいか、ダサくないか、 
そんなものが価値基準の中にも現れてきました。 
 
親には甘えるばかりで、何ひとつ学ぼうとせずに成人し、 
ままごとのように結婚生活を始めた私も、そんな価値基準を持ち、 
世間の中から2人だけ切り離してるんるんしているような、スタートでした。 
 
姑と一緒に生活するようになって初めて、 
先輩の生き方から学ぶということを意識しました。 
それは、最初は「HOW TO・・・」のような、 
こと細かい生活の智慧のようなものでしたが、 
こうやって長く一緒にいると、彼女自身の生き方を見ていることこそが、 
自分自身にとってとても大事なことだと気がつきます。  
 
人は誰でもきっと、 
自分の価値観だけで、自分のペースで、毎日の生活ができたら快適なのでしょう。 
どんなにいい人であっても、自分の親でも、いや、ときには夫でさえも、 
「そこに誰かいる」ということ自体が、乱暴に言ってしまえば「鬱陶しい」のです。 
親や、ましてや姑は、小さな世間です。 
一緒に暮らしていくにはストレスになることもあり、快適なことばかりではありません。 
 
でも、価値基準、モラルや礼儀、善悪、他人の理解、受容、といったものが、 
自分の中から自分に都合のいい形で派生するのではなく、 
世間とのつながりの中から生まれ、修正されていくのだということを、 
小さな世間との暮らしの中で知らされます。 
 
姑と暮らすことは、少なくとも私自身にとっては、 
生きていくことに対して、わかった気になって、 
ときに、舐めて、傲慢になってしまうときに、 
謙虚になるように警鐘を鳴らしてくれるような気がします。 
 
先輩たちの世代を踏襲していくことがすべていいとは限りません。 
新しい風が吹かなければ、社会は進化してはいきません。 
これもまた、真実です。 

でも、様々な人と出会い、いろいろな葛藤を通して感情的な経験を重ね、 
そうやって人は成長していくものならば、 
大家族が崩壊してしまったことは、 
子供にとってだけでなく、まだ成熟していない大人たちにとっても、 
もしかしたら、もったいないことなのかもしれません。 
 
 

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ぼく達も先輩から学びました。
マイクとフラン




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ぼくも先輩から学びました。
シュヴァルツとび~ぼ

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2010.06.26 
人間せんせいんちの片隅にある
小さいねこさん達の住まうところ、ねんねこ町。

さて、きょうは3番地のカフェをご紹介。



2005年に大好きなフランを星に帰しました。
HAPPYねこ隊では初めての天使ねこでした。
人間せんせいはかなりそれを引きずって、なかなか立ち上がれずにいました。
そんな時、食玩具のナーゴシリーズの猫を買い込んで、
そうだ、フランのカフェを作ろうと思いつきました。

でも、どうやってドールハウスを作るのかわからず、
見よう見まねでダンボールカフェができました。

その後、木材で作るらしい、キットもあるらしいと知り、
暇をみては少しずつカフェの新装開店に努めました。

2年後、カフェのフロントはキットを使用したものの、
柱を削り、壁を立て、床を貼り、壁を塗って、
フランのカフェはやっと新装開店にこぎつけました。




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キッチンのカウンターや棚やシンクは作りましたが、
備品はうちに山程ある食玩具の中から選び、椅子やテーブルは100均で購入、
お皿やカップは市販品ですが、デザートや珈琲の中身は作れるようになりました。

ナーゴの猫さんを座らせると、
ほら、お陽さまの中で楽しそうにおしゃべりを始めましたよ。



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2010.06.23 
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外ねこ隊がいつもご飯を食べる玄関前ポーチ、
朝6時半、ママの上に寝そべる「茶こにゃん」
のべ~っとしているからではありますが、だいぶ大きくなりました。





で、「黒こにゃん」は・・・というと

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玄関脇に、キャリーに雨よけのカバーをして置いてあります。
これは入り口がジッパーで、
とてもそれをのろのろと閉めていたのでは捕獲はできませんので、
いずれはケージを借りるのですが、今はその前段階、
とにかく、出たり入ったりに慣れてもらおうと・・・
その上でお休み中。






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「こせん」は冬からずっと彼の寝床になっている、裏のキャリーバッグの中。
冬は、この中にドームを入れ、更に湯たんぽを奥に入れていました。



で 「クーちゃん」は・・・???


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どこどこどこ?


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植木鉢の植物も土も全部かきだして、自分のベッドにしてしまいました。


数ヶ月前はこんな風な鉢でしたが・・・

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2010.06.22 

聞くところによると、夫婦喧嘩で物が飛び交うお宅もあるそうです。
人間せんせいが聞いた記憶にあるだけでも、
目覚し時計、枕、お茶碗、雑誌、ティッシュボックス、
携帯電話、リモコン、タバコの箱、お豆腐・・・。

喧嘩というのは何かの拍子に起こるものであり、
こうしてみると、そのときに近くにあるものについ、手が伸びてしまうようです。

人間せんせいは、物は投げません。
元々、乱暴な動作は好まないし、
壊れたらもったいないし、その後の掃除が面倒だからです。
そうやってどこかで冷めている自分がいて、
いくら喧嘩の最中とはいえ、かぁ~っとはなりません。

でも、1回だけ、人間家族に向かって投げつけた物があります。
それも、しっかり計算して・・・。

以前の人間家族の職場はとても忙しいところで、
また、バブルのときでもあり、毎日帰宅が午前様。
土曜日は彼は休みでも、人間せんせいは仕事。
日曜日は彼が野球と、すれ違いが多い生活でした。

引越しが決まり、少しずつ片付けをしているとき、
今度の日曜日は野球の試合はないし、手伝ってくれるかな・・・。
そう勝手に期待していました。

ところが
「今度の日曜はゴルフになった・・・。」と言います。
期待が大きかっただけに怒りの爆発も大きく、
「私ひとりの引越しじゃないんだからねっ!」

夜中だというのに、タンスの中の服を全部彼に投げつけました。
結婚するときにそろえてもらった、婚礼タンスの中身、
ひとつ残らず全部出して、投げつけました。

もちろん痛くも何ともないでしょうが、
次から次、それはそれは結構な量でした。
彼のお布団が服の下に埋まって、見えなくなりました。

そのあと人間せんせいは、自分のお布団で寝てしまいました。

「あんまりじゃないか・・・。」
「断れないゴルフなんだもん・・・。」
「俺だって、手伝おうと思ってたんだ・・・。」
「それをひどいじゃないか・・・。」

彼は、ぶつぶつとつぶやきながら、
それでも片付けないと寝られないので、
1枚1枚、服をたたんでいきました。
人間せんせいは、お布団の中で笑いをこらえていました。

翌朝、彼が出て行った後、
きれいにたたまれた服の山を、ひと山ひと山、衣装缶に詰めて、
引越しの洋服詰め作業が一丁あがり!


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大タヌキめっ!


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2010.06.20 
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夕べは久しぶりに、ねこせんせいと一緒に寝ました。

床の上に・・・
背中が死にました。

ねこせんせい以外の子達は、人間せんせいと寝た経験がないので、
人間せんせいが気づいた限りでは、彼らは一緒の場所には来ませんでした。

いや・・・きっと、暑かったからだよ・・・ね。
ううう、寂しいなぁ。

さて、背中は死にましたが、
床で横になって寝たのは、人間せんせいとしては進歩です。

数年前は・・・


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なるべく1時には寝ようと思います。
2時近くなると、ねこせんせいが目を覚ますからです。

彼はスプレーをしてしまうので、寝室に入れてあげられません。
人間せんせいとしては、彼に気づかれないうちに、寝室に行きたいのです。

人間せんせいが寝ようとして勉強部屋の電気を消すと、
その拍子にねこせんせいが目を覚ますことがあります。
そうしたら、彼を抱いて、もう1時間ほど起きていることになります。
彼は人間せんせいと一緒にベッドに入りたくて、
寝室までついてきてしまいますから。

足音をさせないようにそぉ~っと階段を降りているつもりでも、
ねこせんせいの耳には丸聞こえで、
彼はどこにいても、大急ぎで駆け寄って来ます。
その様子がいじらしく、かわいそうで、人間せんせいはまた勉強部屋に戻り、
彼を抱きながら、読みかけの本を取り出したりします。

どうしても眠くて我慢ができないときには、
カリカリをあげ、彼が食べている間に寝室に行きます。

夕べもそうでした。
でも、夕べはカリカリを食べているはずのねこせんせいが、
食べるのを途中でやめ、急いで階段を走り降りてきました。
見ると、口の中にカリカリが残っていて、口をもぐもぐさせています。

もう、ぼくをだまさないで・・・。
おかあちゃんと一緒に寝たいの・・・。

もぐもぐしながら、人間せんせいを見上げる彼の目がそう言っているようで、
階段の途中に坐り、彼を抱きしめて、そのままそこで寝てしまいました。

朝になり、人間家族が起きてきて、
階段の途中でころがっている人間せんせいを発見しました。
「おいっ!どうした?大丈夫か!?」

人間せんせいが行き倒れたかと思ったようです。
リビングに上がると、
いつの間にかねこせんせいは、ソファーで悠々と寝ていました。
「ちょっと、あんたっ! 一緒に寝たいんじゃなかったの?」

ねこせんせいは寝ぼけまなこで、
「そんなことは一言も言っていませ~ん。」と、いうように、
人間せんせいをちらりと見ただけでした。

ねこせんせいを抱いて階段で寝ていたら、
ネロとパトラッシュのような美しい話になりそうなのに、
肝心のねこせんせいがいないのでは、
いい歳をして、階段に一人ころがっていただけで、
ただの、アホ話にしかなりません。

人間家族は呆れた顔で、
「あのね。朝いちで奥さんが階段にころがってるのなんて、心臓に悪いから、
 ああいうのは、やめてね。」
と、言い捨て、出勤していきました。

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ね、進歩でしょ。


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2010.06.18 
以前、ご飯に遅れた外の子のためにかりかりを置いていた頃のこと、
気温と湿度が上がる頃には、
夜中にお皿を引き上げる時にお皿にナメクジが寄ってきていました。

懐中電灯を忘れると真っ暗の中でお皿を引き上げるので、
時々、ぬるっと、ふちについたナメクジを触ってしまいます。

うげぇっ!

それにしても、ナメクジと侮るなかれ、
普段はどこにいるんだか、遠いところから
あんなに小さな身体で、時間がかかるでしょうにえっちらおっちらやって来て、
2階のベランダにある植木鉢までにもやって来て、
その嗅覚と根性と歩行距離には目を見張るものがあります。

背中に殻がついていれば「でんでん虫」とか呼ばれて、
子供の手のひらに取ってもらって、かわいいなどとも言われて、
そして歌にもなるというのに、
殻がないだけで、気持ち悪がられて、塩をかける子もいるかもしれず、
名前だって「ナメクジ」です。
字面も音も、決してきれいなものではありません。

殻がないだけなのに・・・

今度生まれ変わっても、ナメクジには生まれたくありません。
そんな風に思われても、
ナメクジはじっと声を上げずに耐えています。
これは絶対に不当です。

これから秋が来るまで、ちょっと湿気のある晩にはナメジクを見つけて、
ううううとうなりながらも、
彼らの不遇な生に同情を寄せながら、人間せんせいも耐えていきます。


ところで「ザッツン」の仔猫達は、昨日の朝と夜、2回とも顔を見せ、
大人ねこ達とちょっと離れたところで、
大人ねこの残りではない、彼ら用のご飯を食べました。

偉いもんで「ザッツン」の食欲はぱったり治まりました。
もう、おっぱいは飲まなくなったのかもしれません。


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2010.06.17 
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自分が我が家の周りに来るねこ君達に関わり、
そしてあちこちのブログを読むうちに、
仔猫が顔を見せるシーズンというのを初めて意識しました。

小さな身体で元気いっぱいに走り始めるこの頃、
この国では梅雨の到来、雨の日が続きます。

最近は土管など見かけなくなりました。
家の縁の下もなくなりました。

生きるためには知恵も働き、
あちこちに雨をよけるところはあるでしょうが、
寒い冬の雨ではないにしろ、
小さな身体を冷やして体力を失わないように・・・

人間せんせいんちでは、今夜、初めて、
大人ねこ達がご飯を食べているところに「ザッツン」の仔猫が顔を出しました。

大人ねこ達が食べている間、人間せんせいは側でしゃがんでいますが、
今夜は、身動きせず石のように固まっていたら、
仔猫たちは、そぉ~っと近寄って大人ねこの残りを食べました。

やったねっ♪

一歩、近づいた!



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2010.06.15 
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