成田空港へ行くには、2つ先の駅から直通電車が出ています。 
帰りは空港からその駅までリムジンバスが出ているので、 
到着ロビーからすぐ出たところのバスに乗ったきり、楽ちんです。 
いつもそうやって行っていました。 
 
でも、今回は朝が早いので、前日から実家に泊まり、 
都内の駅から直通電車に乗る予定でした。 
 
ところが、前泊する日が実家へ仕事に行くのと同じ木曜日だったので、 
いつものように疑いもせず車で家を出ました。 
実家に着いて、ガレージの扉が閉まっていることに首を傾げ、 
それと同時に、きょうは車で来てはいけなかったと気が付きました。 
 
そう、それでは帰りに成田空港から自分の家に直行できないのです。 
成田から一度実家に戻り、再び車を運転して帰ることになります。 
19時頃の便で到着するとはいえ、 
家に帰り着くのは早くても22時過ぎになってしまいます。 
 
あやや・・・前途多難。 
 
と、こんな風に出だしからずっこけたのでしたが、 
2度目のテニアン、少しは様子がわかり、 
今度はあちこち周ることができた、ような・・・。 


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といっても、伊豆大島と同じくらいの小さな島で、 
島の端から端まで20分もあれば、きっと車で行き着いてしまいます。 
島内観光はどこへ申し込めばいいのかな? 
 
フロントに行ってもホテル側では受け付けていないということで、 
お向かいのアクティビティロッジへ行ったら、 
スクーターを2時間貸し出してくれるということでした。 
なんと、免許も要らないんだって。 
まっすぐな一本道で、ねこでも行けるし、対向車は滅多に来ないし、 
77歳の母は免許も持っていないけれど、タンデム仕様のスクターもあり、 
う~~ん、母を後ろに乗せて、何とかなるかなぁ・・・・。 
 
76歳の叔父、73歳の叔母、そして77歳の母を後ろに乗せて、 
25歳の人間せんせいが・・・・へへっ、大うそ! 
充分中年の人間せんせいとで、ぶるるるる~~と隊を組んで走る老人暴走族、 
こりゃ、傍目には楽しそうな一行だけど、 
炎天下、万が一何かあったら、と思うと、賢い選択とも思えません。 
 
それで、またフロントに行ってガイドさんを紹介してもらい、 
自分で交渉することになりました。 
 
車でゆっくりまわっても2時間。 
ひとり20ドル。よしっ、OK♪ 手を打ちましょう! 


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2003.11.23 
 
ランドクルーザーのような大きな車によいしょと乗り込むのは、 
年輩者には大変でした。 
足の短い人間せんせいにも大変でした。 
お互いに手を取り合い、声を掛け合い、ようやっと乗り込んだと思ったら、 
5分もしないうちに最初の観光スポットにすぐ到着。 
ホテルから歩いても行ける公園内の、タガハウスという遺跡でした。 


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太平洋の島には古代、巨石文明があったといわれていますが、 
その名残なのかもしれません。 
4.5メートルの石柱の上にお椀のような大きな石が乗せてあります。 
このマリアナ地域では、ラッテストーンと呼ばれますが、 
マリアナ諸島連邦の国旗や観光局などのマークにも描かれています。 
そうそう、春のコンペで父がいただいた木製カップもこの形でしたっけ。 
 
テニアン先住民族であるチャモロ民族が3500年ほど前に築いたもので、 
何の目的に使用されたのかは不明とされていますが、 
ガイドさんの話では、酋長さんの高床式住居の土台になったものだとのことでした。 
昔は2列6基ずつ、計12の柱が並んでいたそうですが、 
台風などの影響で、倒壊が進み、みんなごろごろと倒れています。 
グアム島やサイパン島、ロタ島にも同様の石柱が存在しているそうですが、 
倒れていないものはこの1基だけだとか。 
 
その隣りにはひっそりと日本人慰霊碑が建っていました。 
そう、観光~♪なんて浮かれて歩いてはいけないのです。 
グアムもサイパンもこのテニアンも、 
第二次世界大戦の死闘の舞台だったのですもの。 
 
タガ遺跡を後に、また、よいしょと車に乗り込み、今度は北へ走ります。 
昨日の写真の、ブロードウェイと呼ばれるこの道は島の中心道ですが、 
誰もいません・・・ 
車も通りません・・・ 
道の右側に島の3分の1を占める牧場があるとかで、牛を3頭見ただけでした。 
 
次に着いたのは、ブローホールという潮吹き海岸、非常に波の荒いところでした。 
この辺の海岸線は大昔は珊瑚礁だった石灰岩で、ごつごつしています。 
 
大丈夫か、老人隊? 岩に足を取られないように! 
なんてひやひやしている自分も、強い風に煽られてよろよろします。 
 
あ・・・、余談ですが、 
こういうときは、身体が自然になんば歩きになっているのですよ。 
踏み出す足と同じ方向の肩が前に出て、 
重心を下げ、力を入れようとしています。 
いや、練習した成果ではなくて・・・。 
 
なぜ潮吹き海岸と呼ばれるかというと、 
ここは荒波に浸食され岩礁の下が削り取られて洞穴となり、 
そこへ波が打ち寄せてぶつかったときに、 
ぶしゃわぁわわわ~っと潮が10メートルほども吹き上げるのです。 
そう、ちょうど間欠泉みたい。 



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そこで見つけた変わったお花。 
さくらんぼのように、2つが茎でペアになっていますが、 
花弁がそれぞれ半円状にしかついていません。 
ガイドさんは「LOVERS」と呼んでいました。 
2人でひとりの恋人達、ね♪ 


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さて、この海岸から5分ほどのところは、もう戦場地になります。 
いや、この島全体がいたるところ戦場地だったのですが・・・。 
 


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2003.11.21 
潮吹き海岸を後に、車がすっぽりと埋まるほどの密林の中を走ると、 
やがて、広く長い舗装道路に出ました。 
テニアン島の北部にある4本の滑走路でした。 
 
第二次世界大戦中、日本軍が作ったウシ飛行場と呼ばれたものでしたが、 
1機も発着しないまま、テニアン上陸した米軍に乗っ取られ、 
彼らはそこに長さ2.6キロ、幅60メートルの4本の滑走路を作りました。


私たちが訪れたときは、誰一人いずひっそりとしていましたが、 
1945年当時は、1分おきにB29が飛び立つ、 
世界で一番忙しい飛行場だったそうです。 
 
ここから日本本土の主要都市への絨毯爆撃を行ったB29が飛び立ったのです。 
そして、人類の歴史の中で最も恐ろしい狂器、原爆を搭載した2機の爆撃機、 
「エノラゲイ」「ボックスカー」もここから飛び立ちました。 
そのポイントが今は記念碑のように建ち、そこには日付や投下場所はもちろん、 
操縦兵士や兵器担当兵士の名前も刻まれていました。


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これは、世紀の大発明を誇示する碑でしょうか。 
悲惨な戦争を終わらせた英雄を称えるつもりの碑でしょうか。 
それとも、私たちの愚かさを忘れないための碑なのでしょうか。 
あの夏の日と同じ太陽がぎらぎらする中、 
ここから多くの命を奪う悪魔が飛んでった、と見るにはあまりにもしらじらしい様子で、 
その碑は緑の真ん中にぽつんと佇んでいました。 
 

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その近くに残る日本軍の司令部跡を見ると、 
炊事場や浴室、トイレなどの兵士達の生活の様子がうかがわれる中にも、 
激しい砲撃を受けて壁や柱がむごたらしく穴が開き、割れ、 
あんな原爆機発射ポイントなんかより、いっそう生々しく感じます。 


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自分が玉砕した側の国民だからかもしれません。 
往々にして、悲劇話の方に感情移入がしやすいのかもしれません。 
このテニアンでも、向こうのサイパンでも、小高い台地の崖は穴だらけです。 
これは艦砲射撃を受けた痕で、そのすさまじさが手に取るようにわかります。 
 
 
 
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テニアンでもサイパンでも、米軍の艦隊は海が見えなくなるほどに集結し、 
そこから一斉に砲弾を雨のように降らせたのだそうです。 
この無数の穴を見れば、その話もあながち大げさではないことがうかがわれます。 
 
海から敵が上陸し、日本兵士だけでなく一般人も次第に追いつめられて、 
みんなこの高台まで逃げ、ついに逃げ場を失って海に身を投げていきました。 
次々に飛び込んで死んでいった躯が、 
この海岸いっぱいにぷかぷかと浮いていたそうです。 
北にある飛行場から一番遠い、島の南側でのことです。 
ここは「スーサイドクリフ」と呼ばれる断崖です。 
日本語にすると「自殺岬」なんとも恐ろしい名前です。 
万歳をしながら身を投げたという、サイパンの「バンザイクリフ」には、 
その魂を慰める日本政府の碑が建っていましたが、 
テニアンのこの崖にはなく、個人や私団体慰霊碑がいくつかありました。 
今は危険がないように堤がありますが、そこから海を覗くと、 
目もくらむ切り立った崖に高い波が怒濤のように打ち寄せ、背中がふるえます。 
 
さぞ、怖かっただろうね。 
痛かっただろうね。 
苦しかっただろうね。 
 
何を思って波に消えた? 



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もう1回、目を閉じて想像します。 
 
海を埋め尽くす無数の敵の艦隊からの容赦ない砲撃、 
あちこちで爆弾が炸裂、火の手が上がる。 
すさまじい爆裂音、悲鳴、叫び声、 
逃げて逃げて、ジャングルへ、高台へ、息を詰めて、声を潜めて、 
そして追いつめられて逃げ場がもうなくて、 
頭から流れた血で目が見えないし、指先もどこかに吹っ飛んだ。 
それでも敵に屈服するよりは、目の前の断崖から身を投げる方を私は選ぶ・・・ 
二度と帰れない故郷、二度と訪れない穏やかな日々、 
二度と笑うことも、きっと、ない。 
ふと思う。 
なんで、こんな遠くに来たんだったけかなぁ。 
人を殺すために、殺されるために、 
この絶壁から飛び込むために、私は生まれてきたんだっけかなぁ。 
おかあさん・・・。 
今度は、平和な時代に、そしてまたあなたの子として生まれたい。 


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この戦闘によって、こんな小さな島で1万人以上の尊い命が犠牲になりました。 
兵士だけでなく、一般邦人も、徴用朝鮮人も現地のチャモロ族の人々も、 
戦禍に巻き込まれてその命を落としました。 
そして、その命の犠牲のおかげで、今の私たちがあります。 
 
私は、命をかけて、国を、誰かを、何かを守ったことなどありません。 
命の危険にさらされたこともありません。 
 
今の私よりもきっと若い人たちが、 
その人生半ばにして命を絶つことを余儀なくされた、 
その悲しみと無念さを思う時、 
私たちは必ず、彼らに恥じない生き方をしなければならないと強く思います。 
 
私たちは、一人残らず、幸せにならなければなりません。 
そして、何が幸せなのかということを、後の世代にも伝えていかねばなりません。 
 
 

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チュルビーチは、米軍が最初にこの島に上陸してきたところです。 
今は、星の砂が採れる、穏やかで美しいビーチになっています。 
これは本当は砂ではなく、珊瑚と一緒に暮らしている有孔虫という生物の亡骸です。 
海に飛び込んだ人たちの、それぞれの胸の中にあった小さな夢や希望も、 
もしかしたら、星の形になってこの中に混じっているかもしれません。



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2003.11.20 
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ハワイ諸島はどれも火山活動によって誕生した島です。 
キラウエア火山のあるハワイ島が最大で、マウイ島は2番目に大きい島です。 
ハレアカラ火山を中心とした東マウイ、プウククイ山を中心とした西マウイがあり、 
もともとは別の島だったのが、 
数十万年前に起こった噴火で流れ出した溶岩により結び付けられ、 
いまでは、ひょっこりひょうたん島みたいな形になっています。 
 
この島が「渓谷の島」と呼ばれているのは、美しいビーチの景観だけでなく、 
何千年も前からの神秘的な洞窟、奥深い渓谷や美しい滝なども、随所に見られ、 
世界最大の休火山ハレアカラの月面クレーターや、海まであふれる溶岩など、 
熱帯雨林からほとんど緑のない乾燥した土地にいたるまで、 
様々な姿を見せる自然豊かな島、変化に富んだ雄大な島だからでしょう。


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ですから、欲張って遊ぼうと思えば、 
マリンスポーツだけでなく、ハイキングや秘境探検、 
そして、リゾート化もしていますから、 
ショッピングやおいしいもの食べ歩きも楽しめると思います。 
 
でもね、 
アメリカの雑誌で「世界最高の島」と評されていたり、 
リンドバーグが人生最後の時をここで過ごしたり、 
一度訪れたら再び訪れたくなるといわれるマウイの魔法は、 
ゆったりと流れる時間の中で、人々はのんびりとやさしく、 
顔を巡らせば美しい海と山とに同時に抱かれ、風に歌い、 
身体や心の中にそのエネルギーがたくさん注ぎ込まれるような感じ、かな。 
 
「マウイ・ノカ・オイ」とは、ハワイ語でマウイは最高という意味だって♪  


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2003.11.07 
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今回はカアナパリのコンドミニアムで過ごしました。 
最初はホテルの予定でしたが、 
兄夫婦とコネクティングルームが取れるかどうかもわからなかったし、 
わざわざ部屋を移動して、ノックして開けてもらい、集合するのも面倒だし、 
かといってリビング付きのスイートをホテルで取ろうとしたら目が飛び出ます。 
その点コンドミニアムなら、広いリビングもあってわいわい楽しめるし、 
2ベッドルームならバスも2つあるのでプライバシーも保てます。 
 
マウイには、コンドミニアムは超エコノミーから豪華版まで様々あるので、 
家族が大勢で予算を押さえたいときも、 
または、リゾートホテル並みの空間が欲しいというときにも、 
それぞれにあわせたものが選べると思います。 
オアフ島ワイキキあたりのコンドミニアムは、ビーチから遠く、 
景観もあまり良くないと思われますが、 
カアナパリのこのコンドミニアムは、ホテルと何ら変わらないオンザビーチでした。


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キッチン、洗濯乾燥機、冷蔵庫など、たいていは揃っていると思いますから、 
近くのスーパーで食料を調達してみんなで調理をするのも楽しいです。


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旅行に来てまでおさんどんをしたくない? 
 
まぁね。 
 
でも、例えば、ベランダで海を見ながら起き抜けのコーヒーを飲み、 
ぐずぐずしながら下のレストランへ降りていって、 
かわりばえのしないコンチネンタルブレックファストを15ドルも払って食べるより、 
卵やパン、ハムやチーズ、お野菜やフルーツを買ってきて、 
コーヒーを落とす間に、 
ちゃちゃちゃっと作ってしまった方が同じものでも断然安上がりです。 
アメリカのスーパーで売っているものは、何でも量が多いので、 
4人が次々に食べ、次々に飲んでも、何日ももち、経済的です。 
 
また、夜は訪れた場所で素敵なレストランを見つけるもよし、 
部屋でシーフードパスタを作ったり、バーベキューもよし。 
キッチンを使っても使わなくても、どっちにも転べるので、 
人数が多いときには便利で楽しく、 
お皿も調理器具も、食洗機もついているので、手間もかかりません。 
 
そして洗濯乾燥機がついているのも、 
いや、海に行くときには乾燥機だけでも便利です。 
生乾きの水着を翌日着ることもないし、 
Tシャツだって洗濯もして着回しすれば、その分、持っていく荷物が減ります。 
特に子供連れの海遊びの場合は大活躍でしょう。 
 
さすがに旅行に来て掃除はしたくありません。 
これはメイドさんを頼めます。 
 
・・・ということで、 
今回のコンドミニアムステイは、 
お値段はホテル宿泊と同じでも、滞在費用は超お得、
さらに、楽しさ、便利さで、大正解~~♪ 




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2003.11.06 
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全長70キロにも及ぶマウイのビーチは世界的に有名です。 
「アメリカで最高のビーチ」として選ばれたワイレアのビーチ、 
花崗岩が砕かれてできたというブラック・サンド・ビーチ、 
小さな宝石のような、レッド・サンド・ビーチなどは 
それらマウイのビーチの中でもさらに美しいことで知られています。 
 
が、が、が、 
ビーチでのマリン遊びに関しては、グアムやサイパン近くの島の方が、 
真っ白な砂で波も穏やか、楽しいビーチだったような気がしました。 
 
マウイの海は、少し波が高いようです。 
それが多くのサーフスポットとなっているのでしょう。 
ジェットスキーも楽しめますが、やはりサーファーの数が多いです。 
今回はダイビングスポットなどには行かず、近場で潜っただけでした。 
潜っているぶんには波が高かろうと関係はないのですが、 
沖まで行くのにどんぶらこと足を取られます。


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でも、何と言っても、なまこがいないので、 
足を取られてよろけようが、転んでぶくぶくと沈もうが、 
または、海の中のきれいな世界に浸ろうが、悪夢を見なくてすみます。 
 
さて、今回の海遊びの目玉は、パラセイリング♪ 
泳ぐのは好きだけど本当は苦手、という人間家族と2人だけの旅行では、 
絶対に選択しないアクティビティです。 
今回も、やろうやろうと盛り上がる兄夫婦を横目で見て、 
彼は、自分は写真班をやると言って、何とか避けようとしました。 
人間せんせいも遊園地の乗り物を想像し、 
揺れる高いところは、やっぱり怖いなぁと尻込みをしましたが、 
兄たちがいる時でないと、こういう機会はないだろうと一大決心をしました。 
春のTDLの時の怖い乗り物の時といい、 
何と向上心の強い人間せんせいでしょう! 
 
それでも人間家族は、妻を見殺しにしても自分だけの安泰を取り、 
3対1の目を前に、やらないっ、と、断固たる態度で拒否しました。 
むむむ。強情なやつめ・・・。 
 
半日経っても『ねぇ、明日さ・・・』と話しかけると、 
彼は「やらないよっ!決心は固いんだ。」と最後まで言わないうちに切り返し、 
とりつく島もない状態でしたが、 
耳元でこっそりと 
『ヤンキーズのウィンドブレーカーを買ってあげる♪』とささやいたら、 
「ほんとっ?」と、ころり、すぐに寝返りました。 
なぁにが、決心は固い?? ふにゃふにゃじゃん。 
こういうおっさんが政治家にでもなったら大変なことになりましょう。 
 
この夜、隣りで彼がうんうん寝言で唸っていたのは、 
ヤンキーズのウィンドブレーカーに埋もれてうれしがっている夢を見たのでしょうか。 
それとも、鮫のいる海で溺れている夢だったでしょうか。 
 


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2003.11.05 
サーフィンやジェットスキーは水面の散歩、 
ダイビングやシュノーケリングは海中の散歩、 
そして、パラセイリングやハングライダーは空中の散歩。 
 
パラセイリングというのは、 
パラシュートを背負い、ボートで牽引してもらって空に舞い上がり、 
数百メートルの高さから遊覧を楽しむ遊びです。 
いわば、凧揚げの凧、状態です。




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ほんとか嘘か、100フィートと言っていましたから、 
およそ300メートル、東京タワーのてっぺんにぶら下がるようなものです。 
 
ぞぞぞ~~~~。 
やっぱり人間家族が拒否したのは正解かもしれない・・・・。 
 
まず受付をしたら、背格好に合わせたハーネスをつけてもらいます。 
それがぶら下がったときに座るぶらんこの板の代わりをするものです。 
なんだかお相撲さんのまわしみたい・・・。 
こんなので信用できるのかなぁ。 
これがぶちっと切れたら一巻の終わり・・・! 


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いや、いや、やっとその気になった人間家族にそんなことを言ってはだめ。 
知らん顔、知らん顔。 
 
このまわしのまま、ボートの縁に足を投げ出して座り、 
まわしの先に付いているフックをパラシュートにつなげます。 
そのまま、用意、どんっ、とも言わないうちに、 
身体が浮き上がったと思ったら、あれよあれよという間にロープが伸びて、 
みるみるうちにボートは小さくなり、空へ投げ出されていました。 
 
どんどん、どんどん、高くなって、 
どんどん、どんどん、ボートが点になって、 
わぁ~~、こんなに高いところでふわりふわりしてる~~!! 
私たち、空を飛んでいるんだね♪ 
 
ぶらぶらさせた足の下は真っ青な海、 
頭を持ち上げると、これまた真っ青な空、 
顔をぐるりと見回せば、大地の緑と土色、 
それらが眼下一面に広がり、まさしく鳥の目線。 
 
鳥たちの気持ちはこんな? 
凧の気持ちはこんな? 
ほら、水平線は弧を描いているよ。 
地球ってやっぱり丸いんだね。 
そして、空の上は静かだね。 
地上の人間が出している音は、なんて騒々しいのだろうね。 
 
急にがくんと少し揺れて、きゃぁ~、と小さく叫んだら、 
もうロープがぎゅるぎゅるとたぐり寄せられていました。 
およそ7.8分の遊覧飛行はあっという間でした。 
もう少し鳥になっていたかったな・・・・。 
 
ボートに戻って、人間家族は兄夫婦の前で、 
「やぁ~、最高だねっ!」と親指を立てましたが、 
ハーネスを持つ彼の手に、がちがちに力が入っていたことや、 
触れた肩先がわずかにぶるぶるしていたことは、 
心優しい人間せんせいはバラしたりはしませんでした。 
 


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2003.11.04